「ねえ君ひとりー?可愛いねー!」
「いい店知ってるんだけど、俺らとお茶しない?」
自販機に向かっている途中、なんともベタなナンパに絡まれてしまった。
嫌だと言おうにも文字だけじゃきっと伝わってなんかくれないだろうし、わたしが声を出せないと知られてしまったら無理にどこかへ連れていかれてしまうかもしれない。
無視を決め込んで相手が諦めてくれるのを待つしかないのかも…。
「………っ」
「あっれー?何で何もしゃべらないの?」
「無言は肯定っしょ!はい連行ー」
「(え、あ…やだ…!)」
強い力で腕を掴まれて、ニヤニヤと笑う彼らを目が合う。
こわい、こわい…こわい!仁王くん、丸井くんはやく来て…!
口からは息が漏れるだけで声は出てくれなくて、ポロリと涙が頬を伝うのが自分でも分かった。…その時。
「―…その汚い手ぇ離しや」
聞き覚えのある低めの男の人の声が耳に入る。
「いででで…っ!」
「…なんだてめえ!!」
わたしの腕を掴んでいた男の人の手を捻りあげて睨みつけているのは、東京で会った関西弁で丸眼鏡が特徴の彼。
「(おし、たりくん…)」
「茜ちゃん、久しぶりやなあ。見ない間に一段と可愛なって…って、まだいたんかお前ら。さっさと去ね」
わたしに向かって微笑んだかと思えば、ナンパ男たちには底冷えするような声でそう言い放つ忍足くん。
それから舌打ちをして去っていく彼らを見てホッと大きな溜め息を吐いた。
忍足君にキュッと優しく握られた手もすごく安心する。
「大丈夫やったか?」
コクコクと何回も頷くと、忍足くんは苦笑してわたしの頭に手を乗せた。
本当に良かった、忍足くんが来てくれて。
あのままだったらどうなっていたことか…想像したくもない。
「(ありがとう、忍足くん)」
やっと取り出せたメモにそう書いて見せれば忍足くんは優しく笑って"当然のことをしたまでや"って言ってくれた。
「(そういえば忍足くんはどうしてここに?)」
「関東大会の試合見に来たんや。俺んとこのテニス部は都大会で負けてしもてな」
「(忍足くんもテニス部だったんだね!)」
「…俺"も"?」
「―…茜!!」
叫ぶように名前を呼ばれて振り返るとそこには待ち侘びた丸井くんと仁王くんの姿。
2人共、ハアハアと肩で息をしているあたりすごく急いで来てくれたんだと思う。
丸井くんは喉が渇いたと近くにあった自販機で飲み物を買い始め、仁王くんはわたしを見つめた後、ジッと忍足くんに視線を向けていた。
「おまん、誰じゃ?」
「人に聞く前に自分から名乗るんが礼儀やと思うで?」
「…まあええ。とりあえずその手を離しんしゃい」
伸びてきた仁王くんの手が、わたしの手を握る忍足くんの手をペシッと振り払う。
何やら不穏な空気を漂わせる仁王くんと忍足くんに、わたしと丸井くんはキョトンとして思わず顔を見合わせてしまった。
この2人、きっと初対面のはずなのに何でこんなに仲悪そうなんだろう…睨み合ってるし。
でもとりあえず、仁王くんは何か誤解をしてそうだから忍足くんが悪い人じゃないってことを伝えないとだ。
「(忍足くんは知らない男の人達に絡まれてたのを助けてくれたんだから、悪い人じゃないよ)」
「…は?なん、それ…大丈夫じゃったんか!?」
「大丈夫やで。俺が、茜ちゃんのことちゃあんと守ったからな」
「………チッ」
えー、仁王くん何で舌打ち…。それに、忍足くんのドヤ顔も謎だ。
丸井くんはその2人のことなど触れもせずにグッとわたしの顔を覗き込んでくる。
視界いっぱいに映った丸井くんの表情はなんだか泣きそうだった。
「待たせ挙句、危険な目に遭わせてマジでごめんな茜…」
「(丸井くんが謝ることないよ!そもそもわたしが差し入れなんか持ってきたのが悪いんだし…)」
「んなことねえって!俺もすげー楽しみだったし…。ここに来る途中でうるせえ女達に捕まってさ、そんで遅れちまったんだよい」
「(モテモテだもんね。でも、みんな応援しに来てくれてるんだからうるさいとか言ったらダメだよ)」
わたしもその1人なんだし、と苦笑していれば丸井くんは少しだけ考えるような仕草をした後に"おまえは特別だし…"と呟く。
何が特別なんだろうと首を傾げていると、丸井くんは焦ったように首を振って何でもねえ!と声を上げた。
「抜け駆けは禁止ぜよ」
「何がだよ!つーか、もうそろ戻んねーとやばくね?」
「(じゃあこれ渡しておくね。お口に合えばいいけど…)」
「お、サンキュ!んじゃ俺ら戻るな?試合には出れねーけど、応援シクヨロ!」
「夕雲、また何か危ないことになりそうになったら俺に連絡しんしゃい。すぐに駆けつけるナリ」
クーラーボックスごとわたしから受け取ってくれた丸井くんと頭をぐしゃぐしゃと撫でてきた仁王くんは、駆け足でコートの方へと戻っていった。
「随分と好かれとるんやなあ…。なんや俺も燃えてきたわ」
忍足くんが何か言ったのが聞こえてそちらに顔を向けると、ニッコリ笑顔のまま"どないしたん?"と逆に首を傾げられてしまう。
何はともあれ差し入れは無事に渡せたし、あとは精市くんたちの試合をしっかり目に焼き付けて応援しないと!
「なあ、茜ちゃんの学校って立海やろ?めちゃめちゃ強いとこやったよな、確か」
「(立海だよ。テニスは元々強い学校みたいだけど、今年入った1年生にすごくテニス上手な人が多くて今年は全国狙えるかもって)」
「なるほどなあ…」
「(わたしこれから試合見に行くんだけど忍足くんも一緒にどうかな?)」
「…すまんな。できることならそうしたいとこやけど、今日はお暇することにするわ」
忍足くんは申し訳なさそうにそう言うと、背中に背負っていたテニスバッグをチラリと後ろ見た。
「俺も負けてられへんなあ」
ニッと口角をわずかに上げて呟いた忍足くんは『ほなまた連絡するわ』と言い、帰ってしまった。
あれ、忍足くんって確かテニスの試合見に来たんじゃなかったっけ…?んー、何か他の用事を思い出したりしたのかな。
忍足くんと会ったのはあの初めて会ったとき以来だし、久しぶりだからもう少し話したかったのはあるけど仕方ないよね。
わたしはクーラーボックスがなくなって軽くなった肩を軽く回して、応援席へと戻った。
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