赤也くんにほとんど手加減してもらいながら楽しくテニスをして、腕時計は15時を示していた。
赤也くんから打ち返されてきた黄色いボールを受け止めて、首を傾げた彼に手招きをする。
「どうしたんすかー?」
「(時間も時間だしそろそろ帰ろう?遅くなっちゃうと赤也くんの家族も心配するよ)」
「えー…まだ大丈夫っすよ!あ、テニスが疲れんならゲーセンとかでも…」
「(ダメだよ。赤也くんはまだ小学生だし、わたしもあんまり遅くなっちゃうと心配する人がいるからさ)」
頬を膨らませたり唇を尖らせたりしてなかなか首を縦に振ってくれない赤也くん。
今日初めて会ったばかりのわたしと離れるのをこんなにも惜しんでくれるだなんて、とても嬉しいなあ。
緩む頬を隠せずに、ほぼ無意識のうちにわたしの右手は赤也くんの頭を撫でていた。
「…じゃあ、茜さんとまた会いたいし連絡先教えてほしいっす!」
「(赤也くんって携帯持ってるの?)」
「おう!姉ちゃんのお古で電話とメールだけできるやつ。アプリとかサイトとかは制限かけられてて見れないから、RINE?とかは使えないっす」
中学入ったらちゃんとしたやつ買ってもらう約束なんすけどね、と続けた赤也くんにわたしのメールアドレスと携帯電話を書いたメモを渡す。
とりあえず赤也くんとの連絡手段があって良かった。できるならわたしもまた赤也くんと一緒にテニスしたり遊んだりしたいから。
「よっしゃ!ありがとうございます!また連絡するんで、ちゃんと返事くださいよー!?」
叫ぶようにそう言って手を振る赤也くんにわたしも手を振り返して見送り、少し買い物してから帰ろうかなと歩き出せばふくらはぎや二の腕がズキっと痛み出した。
こんなに動いたの久しぶりだったから、これは明らかな筋肉痛だ。
うう、普段の運動不足が祟ったかな…。
ついでに湿布も買って帰ろうと決めて、わたしも公園をあとにした。
家に帰ってきてすぐに携帯に充電器を挿して電源を入れると、RINEが20件近く来ててビックリ。
慌てて携帯を落としそうになりながらも開いて見てみると、叔父さんから『帰ったのかい?』という確認のメッセージが1件でそれ以外はすべて精市くんからのものだった。
〈友達って誰だい?〉
〈茜ー?何で返事くれないの?〉
〈無視するなら俺怒るよ〉
〈ねえ、本当に大丈夫?〉
〈何かあった?〉
〈心配するから連絡して〉
思い返せば確かに、精市くんとのRINEを中途半端にしたまま電源が切れちゃってた…。
ど、どうしよう…すごく心配かけてしまったみたいだし、今まで遊んでましたなんて言ったらぜったいに怒られる。
わーわー、と思考がぐちゃぐちゃのまま何か返事をしなければと文字を打とうとした時。
ーーーピンポーン。
いきなり鳴ったインターホンにビクリと肩が跳ね上がる。
こんな時間に誰だろう。叔父さんならまだ仕事中だろうし…。
ズキズキと筋肉痛で痛む足を動かして、恐る恐るモニターを見てみてまたもやビックリ。
「(せ、精市くん!?)」
そこに映っているのは間違いなく精市くんで、驚きすぎて何の反応もできないでいるともう一度ピンポーンと鳴らした彼。
なんで精市くんがわたしの住んでるとこ知ってるのー!…あ、そうか!蓮二くんが知ってるっぽかったからきっと彼が教えたんだ。ってそんなことは今はどうでもいい。
ドタドタと玄関まで駆けていき、ガチャリとドアを開ける。
「………茜、」
目を見開いて驚いた顔をした精市くんと目が合うと、次にはキッと睨まれて思い切り頬を抓られた。
地味に痛いそれにじわりと涙が出てくる。
メモを書く余裕もなくて、だけど今すぐ謝りたくて。
「(ご、めんなさい)」
「………っはあー」
声は出ないけど、何とか謝罪の言葉が伝わればいいと口を動かした。
すると精市くんは大きく溜息をついてからわたしの頬を抓るのをやめて、今度は優しく頬を撫でる。
「心配したんだ、いきなり返事来なくなったし」
「(ごめ、っ)」
「しー。もう謝らなくていいよ。君が無事なのは分かったし」
また謝ろうとしたわたしの口に精市くんの人差し指が押し付けられた。
本当に申し訳なくてして仕方ない。
今度から出掛ける前はきちんと携帯の充電は100%にしてからにしよう。なんならポータブル充電器とか買ってもいい。
「だけどね、個人情報は教えられないとか言う蓮二から無理やり君の家の住所を聞き出してここへわざわざ来るくらいには心配かけさせられたんだから責任とって」
ニッコリ笑って早口でそう言った精市くんには、その後わたしの家でお夕飯をご馳走することで許してもらうことに。
そんなのでいいの?と精市くんに聞いたら『これであいつらに差をつけられるからね』と意味ありげに微笑んでいた。
≪ ≫