もしかしてこの子、めちゃくちゃテニス上手なのでは…!?
ただ壁打ちをしているだけなのにどうしてそう思うのかというと。
「………」
まず素人目から見てもフォームが綺麗なこと。
それと、彼は打ち返したボールは全て”同じ場所”へと当たっていること。
わたしの見間違いでなければ、同じ所にボールが集中しているからその部分が少しヒビ割れてきているようにも見える。
常に笑顔でボールを打ち返す彼はキラキラ輝いて見えて、それはきっと太陽の光のせいだけじゃない。
「っふう。あ、おねーさん!ちゃんと見てたっすか!?」
壁打ちを中段させて、わたしのところへ駆け寄ってくる姿が可愛らしくて思わず頬が緩む。
バッグから使ってないタオルとまだ口をつけていないペットボトルのスポーツドリンクを取り出して、彼に渡した。
「え、くれるんすか?」
「(すごいテニス見せてくれたお礼!上手でビックリしちゃった)」
一緒に渡したメモを見ると、彼はキョトンと首を傾げて『なんでメモなんすか?』と聞いてくる。
当たり前の反応。だけど久しぶりの反応に曖昧に微笑んで、再びペンを動かした。
「(あることがきっかけで声出なくなっちゃって、今はこうやって会話するしかなくて。面倒でごめんね)」
「あっ…そうだったんすね…」
申し訳なさそうに眉尻を下げる彼に小さく笑って、ゆるゆると首を振った。
「面倒じゃない…!俺、おねーさんの声聴けるの楽しみに待ってるっす!」
ギュッと両手を握られて、ジッと見つめられる。
優しくて良い子だなあ。
正直言うと、声が出ないのが病気ではない以上は声がまた出せるようになるには何をすればいいのか見当もつかなくて諦めかけていた。
だけど、わたしの声を聴けるのを待ってると言ってくれた人がいる。
単純かもしれないけれどその言葉のおかげで、声が出るようになることを諦めるという考えが一瞬で吹き飛んだんだ。
ありがとう、と口を動かしてふわふわの癖毛を控えめに撫でると彼は目を細めて恥ずかしそうに笑う。
「へへっ。俺、切原赤也!おねーさんは?」
「(夕雲茜だよ。切原くんは小学生だよね?)」
「赤也でいいっすよ!小6っす)」
「(わたしは中学1年生だから1つ違いだね)」
「どこのっすか?俺、茜さんと一緒のとこ行く!あーでもテニスつえーとこがいいしなあ…」
「(立海大付属中学校ってところ。確かテニスは全国レベルで強かったはずだよ)」
「マジっすか!?じゃあ俺そこ入れるように頑張るっす!」
ニコニコ嬉しそうに笑う赤也くんに、確かテニス強かったよね?と少しだけ自分の記憶に不安が募ってきた。
これで間違ってたら嫌だし、テニス部の誰かに確認してみようかな。
そう思って携帯を取り出した瞬間に、RINEがピョコリと鳴った。
<今日の部活は午前中で終わったんだ。午後は予定ないんだけど、茜は時間ある?>
<精市くん!部活おつかれさま。午後は、>
そこまで打ったところで、わたしの携帯を覗いていた赤也くんが人差し指を唇に当ててシーッとしてくる。
「午後も俺とテニスするって言って!」
茜さんとまだ遊びたい、と唇を尖らせる赤也くんが可愛くて仕方ない。
…無理だ、このお願いを断れるわけがない。
弟がいたらこんな感じなのかなあと勝手に妄想しながら、手でOKの合図をしてからRINEを打つ。
<友達と一緒にテニスする予定があるから、無理かもです。ごめん!>
すぐに既読がついて返事を待っていると、フッと画面が真っ黒くなってしまった。
昨日寝るときに充電し忘れてちゃってそのまま今日来たから、多分充電切れだ。
まあとりあえず、精市くんに午後は無理なことは伝えられたし…大丈夫、かな。
ただ叔父さんから連絡入ってたら心配かけちゃうだろうから、早めに切り上げて帰ろうと思う。赤也くんも家族が心配するだろうから遅くならないようにしないとだ。
「んじゃ、茜さん!コート空いてるしラリーしようぜ!」
嬉しそうに笑いながらわたしの手を引く赤也くんに、わたしも笑って頷いた。
≪ ≫