家の手伝いがある、と授業が終わって早々に帰ってしまったツカサちゃんにちょっと残念に思いながらわたしはまた屋上庭園を見に来ていた。
いつもなら、綺麗に咲く花々を見てとても穏やかな気持ちになるのに、今はどうやっても気持ちが晴れないまま。
それは十中八九、今日、幸村くんから”非お友達”を示す言葉を聞いてしまったから。
「………っ」
幸村くんは、お昼ご飯や屋上庭園に誘ってくれたり、RINEのやり取りだって頻繁にではないけれど毎日送ってきてくれてた。
それでも…。
『あ、いや!友達じゃないよ』って女の子たちに言ってた時の、幸村くんの焦ったような表情を思い出すとズキリと胸が痛む。
そんなに焦って否定するほど、周りにわたしと友達だと思われたくなかったのかな。
「……、ッ!」
ポタリ、ポタリ。
アスファルトの地面に丸い滴の跡がついていく。
頬に伝う感触が嫌で、ゴシゴシと涙を拭っていた時だった。
「そんなに擦ったら赤くなってしまいますよ」
「…っ!?」
背後からいきなり声を掛けられて、わたしは勢いよく振り向いた。
そこにいたのは眼鏡をかけた、背の高い男の子。
レンズの奥にあるはずの瞳が見えなくて、少し怖いななんて思ったけれど、彼がわたしに差し出す手にはハンカチが握られている。
「夕雲さん、ですよね」
小さく頷くと、彼はしゃがみ込むわたしの前に同じように膝を曲げて表情を和らげた。
「何故泣いているのかは分かりませんが、レディに涙は似合いませんよ。さあ、これを」
手に持ったハンカチを差し出してきて、無意識にそれを受け取って目に当てる。
レディ、なんて呼ばれたの初めてだな。
そんなことを思いながらも彼の好意に甘えていると、彼は『1年C組の柳生比呂士といいます』と名乗った。
あれ、なんか聞いたことある名前な気がする…。
「本に挟まっていたしおりを見つけてくれたのは貴女でしょう?無事に幸村くん経由で私の元に戻ってきました。ありがとうございます」
ああ!そうだ、図書室で見つけた忘れ物のしおりの持ち主が確か柳生比呂士くんだった。
「(当然のことをしただけです)」
メモを見せて笑うと、柳生くんはクイッと眼鏡を上げる。
「当然のこと…そうですね。では私も。泣いているレディを放っておくというのは紳士道に反しますので、私で宜しければお話を窺いますよ」
そう言ってくれた柳生くんに少し困惑した。
だって少なくとも幸村くんと同じクラスで、面識は必ずあるはずで…もしかしたら仲の良いお友達同士かもだし…。
そんな彼に幸村くんとのことを話すのはどうなんだろう、と躊躇っていると柳生くんは『もちろん、誰も言いません。紳士は約束を破りませんから』と付け足す。
”紳士”ってきっと本当に柳生くんみたいな人のことを言うんだろうなあ。
「(じゃあ、お言葉に甘えて…)」
誰かに話せたらちょっとは楽になるかもしれない。
それから事の経緯を長々とメモに書いていき、それを柳生くんはめんどくさがらずにきちんと読んでくれた。
≪ ≫