テニプリ連載 | ナノ
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糖分不足の彼




わたしは今、事件現場に遭遇している…のかもしれない。


「うぐぅ…糖分、糖分が足りねぇ…」


外の水道の近くに体育座りをして、そう唸りながら項垂れる赤髪の男の子を見て。
今すぐにでも見て見ぬ振りをするべきなんじゃないだろうか、と思いつつも具合が悪そうな彼をこのままにしておくのは人としてどうなのかと葛藤しているところだった。

そもそもこんな状態の赤髪さんを見つけたのは、校章バッジを貸してくれたお礼にと真田くんへ恐れながら手作りのシフォンケーキを貰ってもらおうと思い、彼を探していた時で。


「甘いもんが食いてぇー…っ」


糖分、甘いものと連呼し続ける彼と手に持っていた小さな紙袋を交互に見つめる。

シフォンケーキは甘いもの、所謂糖分。
でもこれは真田くんにあげるために作ってきたものだしなあ。でも、この人もなんだか相当滅入ってるようだし…。

そう悩んでいる時にふと目に入ったのは、座り込む彼のそばに置いてあるテニスラケット。
この人も、蓮二くんたちと同じテニス部なんだ。


「…………」


うん、まあケーキはいつでも作れるしね。
頼まれて作ったわけでもないから別に今日絶対渡さなきゃいけないものでもない。
とりあえず今は目の前で困っている人を助けることが最優先だよね。

そう決めたわたしはゆっくりと彼に近付いて、トントンと肩を叩いた。


「…っ!な、なんだよビックリした…。んあ?おまえ誰がだよぃ」
「(1年A組の夕雲茜といいます)」
「は、なんでメモ書き…?てかなんかその名前どっかで聞いたことあんな」


訝しげな顔をする彼に曖昧に微笑んで、手に持っていた紙袋を差し出す。


「(今日たまたまケーキを作ってきてたんです。あげようと思っていた人が行方不明で今日は渡せないみたいなので、良かったら食べてくれませんか?)」
「…ふうん?」


何を疑っているのか、ジトリと睨まれるような視線からすぐに逸らしたくなったけど堪える。

確かに初対面の人に手作りの食べ物なんてもらったら、そりゃ警戒されても当然だよね。
今更ながらにその考えに至って、声をかけてしまったことに後悔してしまう。


「なんか変なもん入ってんじゃねーよな?」
「(何も入れてないですよ!入ってるのはあなたが求めている糖分だけです)」
「…これでなんか病気になったりしたら通報するからな!」


どんだけ、と呆れているうちに彼はすでに紙袋からケーキを取り出して無言でモグモグと食べ始めていた。

糖分しか入ってないとは言ったけど、真田くんってあまり甘いものが好きな感じではないかなと勝手なイメージがあったから甘さは控えめに作ってある。
糖分糖分とうるさかったから、この人は相当の甘党なんだろうけど…果たして満足してもらえるのだろうか。


「…なあ、」
「………っ?」
「おまえ、パティシエでも目指してんの?」
「(いや、特に目指してはいないですけど…)」


3つ入っていたはずのケーキをペロリと平らげてしまった彼は、わたしが書いたメモに目を通して何回か頷いていた。


「めっちゃ美味かった。下手したら店で売ってるやつより美味かったかもしんねー。…っあー!糖分とってヤル気出てきたぜぃ!」
「(喜んでもらえたようで安心しました)」


二カッと笑って褒めてくれた彼にホッとして、わたしもゆるゆると笑みを浮かべる。
すると彼はちょっとだけ頬を赤くしてわたしから視線を逸らすと、未だにしゃがみ込んでいたわたしに向かって手を伸ばした。


「俺、1年B組の丸井ブン太!シクヨロ」
「(わたしは、)」
「名前はさっき聞いたって。夕雲だろぃ?声出せねーって担任が言ってたの思い出したわ」
「(うん。あの、会話しづらくてごめんね)」
「別に気にしてねーよ!仕方ねーもんな」


テニスラケットを肩にトントンと叩きながらそう言ってくれた丸井くんにビックリしながらも、『ありがとう』と伝える。

小学校の時が嘘のように、周りの人達がみんな優しすぎてどうしよう。胸がいっぱいだ。


「なあなあ。毎日じゃなくてもいいからさ、たまに俺に甘いもん恵んでくんね?」


さっきのケーキめちゃくちゃ美味くてさあ…ほんとは毎日でも食べてぇけどな!

そう続けた丸井くんに、ほぼ無意識のうちにコクリと頷いてしまった。
…んまあ、いっか。作ったものをこれだけ喜んで食べてくれる人がいるのも、すごく幸せなことだもの。


「よっしゃ!そんじゃ俺、部活戻るわ!」
「(分かった。練習、頑張ってね)」
「おうよ。今年は厳しいかもしれねーけど、来年はぜってーレギュラーになってやるぜぃ!」
「(何かにそんなに一生懸命になれるのってすごくかっこいいね)」
「かっ……お、おう」
「(でも甘いものばかり食べてたら不健康だから、きちんとバランス良く食べた方がいいよ?)」


なんだか急によそよそしくなってしまった丸井くんは小さくお礼を呟いてから、タタタッとテニスコートへ走り去っていった。

空になった紙袋からはケーキの甘い残り香が漂い、わたしの鼻腔をくすぐる。
よし、わたしは家に帰って真田くんへのお礼をまた作らないとだ!次は何を作ろう。