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甘味と丸眼鏡




大人気店、そして期間限定スイーツ。
思った通り、開店1時間前だというのにもうたくさんの人が並んでいた。

わたしは素早く最後尾に並び、ピンと背伸びをして今どれくらいの人がいるのかを大体で数えてみる。
確か限定200個だった気がするけど…うん、ギリギリ大丈夫そう。

ホッと一息ついて、携帯を眺めながら開店時間を待った。






「期間限定商品、これでラストになりますー」
「(え、やった!本当にギリギリだった…!)」


わたしでラストだという店員さんの言葉に、うるっと涙が込み上げそうになる。
手元に収まる箱をギュッと抱き締めたくなるのを堪えて、支払いを終えると背後から大きな溜め息が聴こえた。


「はあ…ほんまかいな。俺なんのために早起きしてん…」


わ、関西弁だ。
興味本位でチラリと後ろを振り向くと、丸眼鏡をかけた男の子とバッチリ目が合ってしまう。

わたしの後ろに並んでたということはこの人、コレ買えなかったってこと…だよね。
なんだろう、悪いことしてないはずなのにすごい罪悪感が。


「ラストやったな、それ。おめでとさん。俺はこれからオカンにシバかれてくるわー…」


そう言って肩を竦めた彼に、わたしの罪悪感がピークに達してしまった。


「(あの、ちょっと待っててください)」
「は、え…なんや、」


殴り書きしたメモを彼に押し付けるように渡し、店の中へ入っていく。


「(これ半分に切って、別々に包装していただけませんか?)」





両手に袋を持って店から出ると、携帯を眺めていて、わたしに気が付くと軽く片手を上げてくれた。
今気付いたけど、かっこいい人だなあ。同い年くらいかなとは思うけど、大人っぽい。

待たせてごめんなさいの意味を込めて一度頭を下げて、そして手に持った袋の1つを彼に差し出す。


「ん?なんやこれ」
「(今思えば、わたし一人でワンホールは食べきれそうにないので…良ければ半分もらってくれませんか?)」
「え……マジで?ええの?」


ゆっくりとわたしから袋を受け取った彼は、ふんわりと口元をゆるめて『おおきに』とお礼を一言。

受け取ってくれて良かった。半分に切られたのなんかいるか!って突っぱねられたらどうしようかと…。


「これでオカンに怒られんで済むわー」
「(頼まれ物ですか?)」
「せやねん。客人の茶菓子買うてこいとか昨日の夜いきなり言われてなあ…しかもこんな競争率高い店指定してくるしお目当ては期間限定やし。ほんま人使い荒くてかなん」


愚痴をこぼしてはいるけれどちゃんとお母さんの頼みを聞いてあげている辺り、優しい人なんだろうなあ。

小さく笑いを零すと、彼はちょっとだけ頬を赤くしてフイッと視線を逸らした。


「自分、名前は?」
「(夕雲茜です。中学1年生)」
「お、学年一緒。俺は忍足侑士や。よろしゅう、茜ちゃん」
「(よろしゅう!忍足くん)」
「……わええー」
「………?」


何かを小さく呟いた忍足くんを首を傾げて見上げれば、ケーキの袋で顔を隠してしまう。
あともう少し力入れたらケーキ潰れちゃうよ、忍足くん。


「(よし、わたしそろそろ帰るね)」
「あ、ちょお待って。電話番号教えてくれへん?」
「(あ、うん。でもわたし声出なくて、電話はできないと思うけど…)」
「ああ、そうやったな。ほんならRINEとか!」


声が出ないことをさほど気にした様子のない忍足くんにビックリしながら、RINE交換する。

気にしないでいてくれてたにしても、ただ会話をするだけで相手に不便な思いをさせているのには変わりない。
はやく、みんなと普通に会話できるようになりたいな…。


「ちなみに、どこの学校?」
「(神奈川県の立海ってとこだよ)」
「うわ、県外かいな。そない頻繁には会えへんよなあ」
「(そう?電車乗ればすぐだよ。連絡くれれば、時間合う時に忍足くんに会いに来るよわたし)」
「……嬉しいわ。ほんまおおきに、茜ちゃん」








そして午後から部活だという忍足くんと別れて、わたしは再び電車に揺られて無事に神奈川まで帰宅した。


〈ケーキってあんま好んで食わへんけど、これはうまかったわ〉


布団に入ってゴロゴロしていると、忍足くんからのRINE。
カットされた木苺タルトとその横に丸眼鏡が置かれている写真も一緒に送られてきて、笑ってしまった。

また近いうちに東京行こう。