人になった日(3/3)
バタリ、と自室の扉を閉めて廊下を歩く。
ミアがヘビから人間の姿へと変わった。夜だけかと思っていたがそうではないらしい。
何が起因かは見当がつかないが、ヘビから人に変わったところで何か問題があるわけでもない。
本人は、私に突き放されるのではないかと心配していたようだが。
『わたし、人間…ですが今まで通りヴォルデモート様のお傍にいてもよろしいですか?』
何を不安に思うことがあるのか。おずおずとそう聞いてきたミアを思い出した。
私があいつを傍に置く理由。それは言わずもがなあいつが私の分霊箱であるからに他ならない。
『(ヴォルデモート様、)』
『(わたしは、ずっとお傍に)』
………ただ、それだけだ。
□□□
「女物の服を一着用意しろ」
「は…、女物でございますか?」
自室より狭めの部屋にアブラクサスを呼び、女物の服の手配を命じると予想通り反応が悪い。
何の脈絡もなく女物の服などを望めばその反応も頷けるかと思いながらも、『余計な詮索は不要だ』と言い放った。
「サイズやデザインなどは…」
「面倒だ、お前に任せる」
「…承知いたしました」
学生時代(今もそうかもしれないが)やたらとフェミニストであったアブラクサスならば、よほど悪い物を選んでくることはないだろうと踏んでのことだ。
ミアのあの性格であれば、与えられた物にとやかく文句を言うことはないだろう。
それにどの道、これから出掛けた先でミアに好きな物を選ばせることになるのだ。適当でいい。
「色は黒がよろしいでしょうか」
「ああ……いや、」
脳裏に浮かんだのは、あいつの容姿。
髪は透き通ったブラウン、瞳はヘビの時と変わらず金色に輝いていて中の黒は縦長に鋭い。ヘビの時と違うのは、瞳が大きく垂れ目気味であるところ。
肌の白さとハの字に下がった眉が、儚げな印象を持たせる。容姿は端麗と言ってもいいだろう。
純真無垢で真っ直ぐなあいつに、正直言えば黒は似合わない。
「我が君?」
「……黒でいい」
だが、ミアは私のものでこちら側の人間だ。真っ白なあいつを、闇に染め上げるのもまた一興。
身に纏うものも、それの手始めと成り得る。
頭を垂れたアブラクサスを部屋に残して私は自室へと戻った。
「ヴォルデモート様」
自室に入るとすぐに微笑んで私を見るミアが視界に入り、溜め息をひとつ。
私を見上げるミアの下顎を、ヘビの姿の時もそうしたように人差し指でトントンと叩くと何故だか嬉しそうに笑った。
その瞬間、あの夜にも感じた、言い表せない不可解な感情が胸を占める。
…一体なんだというのだ。
「ヴォルデモート様…?」
「自分の部屋で待っていろと言ったはずだが」
「えっと、足音が聴こえたので!」
待ち切れずにお出迎えを、と照れくさそうに微笑むミアの柔らかな頬にそっと手を滑らせた。
私にとってのミアとは、本当に分霊箱というだけの存在なのだろうか。
…考えても、はっきりとした答えは見つからない。
「ふふ、くすぐったいです」
ミアの頬に添えた手に重ねられた、彼女の手。
それは暖かく、優しい。
「ミア」
「…?はい」
「シャワーを浴びてこい。それまでには服も用意しされているだろう」
「えっ、わたし臭いですか!?すぐ浴びてきます…っ」
慌ててシャワールームへ消えていくミアの背中を見届けて、退屈しないなと口角を上げた。
ミアはこれから先も、永遠に私の傍に在る。
その事実さえあれば今は、理由も答えも分からないままでいい。
これから先、考える時間などいくらでもあるのだ。
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