※跡部がバーのオーナー(マスター?)です
※バーは作者が未成年な為想像から




ふざけないでよ。
言いたかった言葉は口には出てこなかった。相手にそう、と薄く笑っただけで私は済ませてしまった。叩いておけばよかった。後悔をするのは、いつだって全てが終わったあと。私はそんな言葉を今更ながら実感するように、彼にはけなかった言葉をいつものバーで頼んだお気に入りのカクテルで流し込む様に飲んだ。


このバーは、参道から少し中に入った所にある。以前会社の先輩(キャリアウーマンという言葉が似合う素敵な先輩だ)に連れて来てもらってから私の行きつけになっている。もっともその先輩も出世してもう同じ職場では働いていないけれど。
カウンター席は7席。カウンター後ろ側に3人座りのテーブル席が3つ並べられていて、オーナー以外はアルバイト君達が2人居るだけの本当に小さなバーだ。だけど、私がこのバーを気に入っている理由はいくつかあった。第一に小さいからこその安心感が得られること。第二に、カクテルが素敵。このバーに来るまでに私はカクテルは勿論お酒という種類の飲み物があまり得意ではなかった。でも、ここのバーのカクテルはどこか違った。落ち着ける色と味があるのだ。…お酒で落ち着くってのもなんだけど。だけれど、私は友人1人を除いて、絶対に他人をここへ連れてはこなかった。バーだから当たり前かもしれないけど、ここはきゃあきゃあ騒ぐ様な場所じゃなかったから。そして、ここは女性も多いが男性も多いし、私はそんなに頻繁に通ってはいないけれど、バーのオーナーというかマスターというか。カクテルをいつも作ってくれる、跡部さん。の、知り合いの男性も来ていることが多かった。
跡部さんは、アイスブルーの瞳に金がかかった茶髪というメイクやカラー無しの日本人とは思えない風貌をした、美形の人。跡部さん目当てで通っている人もたまに見かける程の美形の持ち主だが、そういうお客は大抵続かない。どうやら、跡部さんだけではなく、ややっぱりこのバーを好きになれないと定期的でもお客にはなれない様で。




「…今日は荒れてますね」



さらりとグラスを拭きながら跡部さんは言った。今日のお客は私のみみたいで、跡部さんは私が飲んだグラスを見て苦笑いをした。私はと言うと、定期的に通っては居るが大抵その時は他のお客さんが居るし、跡部さんとあまり長く話したことがないから、話しかけられたことに少し動揺していた。




「…どうしたんですか?」



そう聞かれて、私はため息をつきながらも自嘲の笑みを浮かべた。
恋人が、浮気をしたいたんです。と言ってから、違うことに気付いて私は言い直した。
私が、浮気相手だったそうです。そう言えば、最初の言葉ではグラスを拭いたままだった跡部さんもピクリと反応を示してみせた。今日はお客さんが居ない…というか私が遅い時間にやってきたからなのだが、アルバイト君達は2人も居らず、跡部さんはそのまま私の話に耳を傾けてくれた。
先ほど、私が浮気相手で、本命相手が妊娠したから結婚をするそうで、別れてくれと彼氏に頼まれました。私はふざけないでとか言いたかったんですが言えなくて、そう、と笑みまで浮かべてあげて頷いただけでした。
私は出てくる涙をこらえながら、そう言った。悔しいあんな馬鹿なやつに。無責任なやつに。好きだったのに。そう自分が呟いてしまっているのも分かってる。だめだ、跡部さんに迷惑をかける。せっかくのお気に入りのバーなのに。

すると、跡部さんは静かに、新しいグラスを私の前に置いた。ピンクとオレンジが混ざった様な綺麗な色をしていて、私はそれを頼んでいないことを跡部さんに伝えた。




「これは私のおごりです」




そう言って微笑んだ跡部さんはまたグラス拭きに戻った。ありがとうございます、と私が泣きながら言えば、跡部さんは、グラスを拭くのを止め、コト、とグラスを置いて、みょうじさん、と声をかけた。私の名前、覚えていたんだと思って、跡部さんを見た。すると、いつもの優しい笑みではなく、跡部さんは勝ち気な笑みを浮かべて言った。




「そんな奴のことなんて早く忘れちまえ。言いたいことがあるなら言っちまえ。本人に言えねえなら、いっそここでもいいから吐き出しちまえ」




お前みたいな奴が恋愛で失敗するなんて勿体ねえよ。

そういつもの態度からは全然想像の出来ない口調でそう言った。
私は、おそらくこっちが跡部さんの素なんだと直感的に思い、そして静かに頷いてありがとうございます、と言った。涙が出そうになって顔を下に向けてしまったので、跡部さんがどんな顔をしたかなんて分からないけど、たぶん、ふっと笑ったんじゃないかなと思った。


120527
ちょっと夢っぽくないんですが。こういう跡部も好きです。カクテルは捏造です。
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