救いの手を差し伸べるのだったら
「お姉様、お花はいかがでしょうか」


そう、呼び止められた。私はその声がした方向を見る。「イーストエンド」ではよく見られる小さな子供だ。左の手には花が入った籠を。右の手には籠に入っている花と同じもので作った小さなブーケが握られている。私はそれを受け取って、


「ありがとう。あと、4つほどいいかな」
「!ありがとうございます!」


嬉しそうに笑ったその子の頭をそっと撫でて、それから、目線を合わせる為に膝をついた。不思議そうな顔したその子。


「これはお代だよ。お受け取り」
「えっ…でも、こんなに」
「お釣りはいらないよ」


本来なら5つ買ったとしてもコイン3枚程でお釣りがくるブーケ。私は一枚のお札をその子に渡した。戸惑うその子に立ち上がりながら頭をそっと撫でて、


「お母様を大切にね」


私は踵を返した。するとすぐに、お姉ちゃん!と大きめの声で呼び止められる。今度はなんだい?とその子を振り向けば、


「私のママを知ってるの?」


そう聞く彼女に私は返した。


「違うよ、なんとなくだよ。それを持って今日は家にお帰りなさい。お母様と一緒に白パンと温かいスープでも召し上がり」


そう言えば、無邪気にありがとう!と笑顔を浮かべるから、私も笑みを浮かべた。




「また、余分なことしてやがる」
「…余分なことじゃないよ、景吾。なんでそんなこと言うの」
「そのうちお金くれる姉ちゃんだとか噂が回ったらどうするんだ」


曲がり角を曲がった所で聞き慣れた声が聞こえた。私が大丈夫だよと笑顔を返せば、ったく、とため息を吐きながらも景吾も笑みを浮かべてくれた。


「荷物貸せよ。重いだろ」
「ありがとう」



大方、買出しに出た私が心配でここまで迎えに来てくれたのだろう。景吾は私と同じ色の瞳を私に向けて、そしてもう一度笑った。行くぞ、と一言言うから私は景吾の隣に並んで歩き出した。

彼は景吾。私の従兄弟であり、幼馴染。私の大切な人の一人。
景吾の母様が私の父さんの妹さんであり、小さな頃から一緒に住んでいるけど、景吾の父様は見たことがない。景吾の母様も、私の母さんも父さんも、景吾の父様の話は一度もしなかった。私の母さんは私が8つの時に亡くなり、景吾の母様もその2年後に亡くなられた。


この「イーストシティ」では、さっきの様に貧しくて花などを売って生計を立てる幼い子供も多い。全体的に貧しいこの地域で、非力な子供たちが生き抜くためにはそうするしか他ならない。大人だって窃盗とかで生計を立てる人も居る。私が住んでいるこの地域は「イーストシティ」の中でも治安が整っている地域だからひったくりなど犯罪は軽犯罪で抑えられている。勿論、「イーストシティ」だけでなく「B地区」でも「中央区」でも、犯罪は起こるのだけど。


王宮があり貴族や成功した商人などが住む「中央区」、比較的安定をしている平民やそこそこの商人が住む「B地区」、そして、貧しい平民達が住む「イーストシティ」。それらから成り立つこの「黄の国」。国民の殆どは金髪や金に近い茶髪をしている人が多い中、時々違う色を持つ者も生まれる。私と景吾もその一つだと思う。
私は父親譲りの金髪を持っているが瞳の色はスカイブルーだ。景吾も髪こそは金に茶が入ったものだけれど瞳の色は私より少し深いスカイブルー。他にも赤髪などを持って生まれてくる子供も居る。変化する色に決まりはなく、運悪く「みんな」と違う色を持っただけで差別をされる。

この国は色で差別される。「異端の子」。そう呼ばれる色の違う人々は国民から畏敬の眼差しを受けることも多々だ。私達はまだマシな方だ。王様のお妃様はもう亡くなられているが「蒼の国」の貴族だった方で瞳の色は蒼だった。そして、王様とお妃様の間に生まれた皇太子様も同じ色を持つと聞いたことがある。「蒼」の色を貶すことは王族を汚すと同じことで、あまり差別はされない。また、黒の色も似た様な理由で差別されることは少ない。どの国にもあるように、この国にもおとぎ話はいくつもある。その中で出てくる神様達はみんな「黒髪」を持っている。だから、黒の色は神々を汚すということとも信じられているからだ。


差別をされないと言ったって、安に晒していい色ではない。差別をする人や批判をする人も居る。だから、私達は出かける時にフードを必ず被る。この国の服はローブにフードがついていることが多いし、日差しが強いこの国ではフードを被っていてもなんにも怪しまれない。




「…俺に言わせれば、神々を敬うことで黒を差別しないなら、他の色だって同じだ」
「…口に出てた?」
「いや?顔に、書いてある」



景吾はそう笑って言った。
景吾は私と同い年であり、同時にこの国で優遇される資格を数種類も持っている。その一つが「聖職者」であり、謙也兄さんが熱心に参加するミサを行なっている近くの教会の司教様の一人でもある。そして「医師」と「教師」。普段は医師として父さん達の病院で働いているけど、「教師」の中でも学者と称される景吾は、古典や伝承を研究している。その為この国はもちろん、隣国の古語まで読める。
…景吾が言うには、一般に国民が知る14の神様は殆どが黒髪だが、知られていない神様やこの国で偉人とされる人の中には、黒の色を持たない人も多い。赤だったりオレンジだったり、中には白の人も居る。

だから、景吾は色の差別を嫌う。勿論、私だって嫌い。
せっかく、私の母さんと景吾と同じ色なのに。父さんと謙也兄さんは綺麗だと言ってくれるのに。隠さなくちゃならないのは嫌だ。








「おかえり。お腹がすいたね、お昼にしよう」
「なまえ、おかえり」



家で迎えてくれるのは病院のお昼休みに入った父さんと謙也兄さん。お昼を作ってくれたいた父さんは食卓を指さし、そう言った。



「謙也、ここに荷物置いとくぜ」
「ああ、堪忍な、ありがとう」



謙也兄さんは景吾が元々持っていた荷物を机の上に置いた景吾にそう返した。この兄さんが使う言葉はこの国に使う人は多くない。昔、私には記憶がないけれど小さい頃過ごした所でよく使っていたらしく、抜けないらしい。





これが、私の日常で、これからもずっと続く、幸せな時間だ。
この国は窮屈な所もあるけれど、生まれ育った国だし、嫌いじゃない。父さんも謙也兄さんも景吾も居る。私は食卓に着いて、笑みを浮かべた。
120513
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