10年前。
まだ、私も景吾もむねも、まだ一緒にイギリスに居た頃。私はむねと一緒に、景吾の秘密を教えてもらう。小さい頃から一緒だった私達の間に、隠し事は無かった。景吾は、自分が主治医に伝えられたことをそのまま私達に伝えてくれ、そして、私達にいつも通りに接してくれと頼んだ。たった4つだったのに、景吾は自分の人生の短さを理解し、そして私達も理解した。景吾は、いい思い出を作りたいと私達に告げた。
むねが、よりいっそう景吾を尊敬し、景吾に尽くす様になったのも、このことが原因だった。
「…ねえ、景吾。なんで、約束を守ってくれなかったの」
抱きしめてくれた、景吾の腕の中で私は言った。景吾は、ゆっくり回していた腕をといた。私はただ、それだけを聞きたかった。さっきの景吾の返事で嫌われた訳じゃないことは分かったから。連絡が来なかったのは、おそらく、テニスをやっていることが私にバレるのを恐れたから。
「…ねえ、どうして、テニスを続けてるの!」
私のその言葉に景吾は息を飲み、そしてまっすぐと私を見た。綺麗なアイスブルーの瞳が私に向けられる。その目は、悲しそうだった。なんで、景吾。あなた、そんな悲しそうな目をしてるの?どうして?
「…どういうこと…?跡部が?え?」
後ろから声が聞こえ、振り向けば、金髪の男子がこちらを見ている。おいジロー、と周りから言われてる様子から、ジローという名前なんだろう。
「…あなたたちこそ、どういうこと?景吾に」
景吾に、テニスをやらせるなんて、と言おうとした。でも、景吾が私の肩を掴んだことでそれは阻まれた。景吾は小さく首を横に振る。どういうことか、全く分からない。…どういう、ことなの?
「These are known.
(こいつらは何も知らないんだ)」
「っ!?Is it what kind of thing?
(どういうことなの?)」
「…It explains later.
(…後で説明する)」
そう言った景吾は、一度微笑んで見せて、むねに目配せをした。頷いたむねは、私の右手を掴む。そのまま引き寄せると私の両肩に両手を置いて微笑んだ。思わず同じ様に微笑み返して、私は景吾を見る。
「すまねえな、お前ら。こいつは俺の幼馴染なんだ」
そう言えば、レギュラーの皆さんは驚きを露わにした。驚いていないのは、めいちゃんと雪ちゃんぐらいで、さっきの金髪の子は一番驚いていた。
すると、景吾は私に視線を向けた。それに頷いた私は、むねに手を下ろしてもらい、一歩前出た。景吾の隣。
足は軽く開いて、右足を左足の後ろに置く。それに合わせてスカートを少しつまんで一礼をした。顔をあげて、自己紹介をする。
「景吾の幼馴染みです。みょうじなまえと言います。よろしくお願いします」
一瞬の静寂。そして、はあっ?!と言った、驚きの声が上がった。
なんで教えてくれなかったんだとレギュラーの皆さんに詰め寄られる景吾を、一歩引いたところから見ていた。信頼、されてるんだ。と、すとんと私の胸に何かが落ちた。景吾は、この中の誰にも話していないみたいで。景吾を信頼して、仲間だと慕っている彼らからすれば、それはどういうことなのかと考えていた。
でも、景吾の病気のことなんて、彼らは知らなくてもいいのだと思った。
言っては悪いが、彼らと景吾の付き合いなんて、2年とちょっとのはず。むねや私と違って、2年しか付き合ってない彼らに、景吾の病気を今更伝えた所で何も、変わらないと思った。…いや、違うの。
私にテニスのことを内緒にしていたのは、おそらく彼らのこともあったからで。私は、悔しかった。内緒にされていたことが。だから、彼らが、羨ましい。
「…日本に来て、俺はまず検査を受けた。向こうとこっちじゃあ、環境も違う。だから、日本の医者を手配してもらって、検査を」
あのあと、レギュラーの皆さんを宥めた景吾は私とむねを引き連れて、先に帰ると言って、私達は景吾の家に向かった。家に着いて、ミカエルに驚かれ、懐かしいと挨拶をして、私達は景吾の部屋に通された。部屋のソファに腰掛け、ネクタイを取った景吾に私は隣に静かに座っただけだった。むねは向かい側に座って、ただ心配そうにこちらを見ただけだった。すると、景吾は小さくため息をついてから、私に向かい合った。綺麗なアイスブルーが私に向けられる。2年の間、感じなかった、待ちに待った色だった。
「…言ったな、昔。なまえと崇弘に」
「…寿命の、ことね」
「ああ。…短くて、25だと、言ったな。もって、30だと」
「うん、言ったね、覚えてる」
そう頷けば、景吾は寂しそうに笑って、私をそっと抱きしめた。なんでそんな行動を取るのか分からなくて混乱しているところに、景吾は更に追い討ちをかける様に言った。
「縮んだんだよ。もって、20歳だ」
その声は泣きそうで、だけど綺麗で。私の耳に静かに響いた。
120430
4season