「泣かないで」


そう言ったあなたの方が、泣きそうで。そんなあなたにそう言われてしまった私は、うん、と小さく頷くしかなかった。手をそっと伸ばしたあなたは、そのまま私の頬へと手を添えて、拭う様に親指を動かした。ああ、もう、あなたは−。



マネージャー業も慣れて、めいちゃんに宣言した通り、私は215人の部員を3日で覚えた。正直、帰宅して夕食をとって、お風呂に入って、それから学校の宿題をやった後は、ずっとファイルと睨めっこだった。目薬が手放せなかった。まあ、顔と名前、部活に必要な部分を覚えたので、一応これからは大丈夫そう。テニス部に入ってからもう2週目に入った。部活では区別する様に、個人的な会話以外は景吾は私のことを『みょうじ』と呼ぶ。だから、私も『部長』と呼ぶ。レギュラーの人達は、一部を除いて、あからさまに私を嫌そうに見たり、ということは無くなった。そう。

レギュラーの人達は。


「聞いてるの?」
「あ、はい。聞いてます」


私は昼休みに、いつも、放課後練習の準備を少しやっておくので、それを今日もやろうと部室に向かっていた。めいちゃんは今日の放課後、生徒会執行部で会議があるらしく、その準備に向かい、雪ちゃんは最新号の推敲があると、お昼を食べた後、それぞれ用事に向かった。私はといえば、部室に向かう途中で女子…5人?かな?に捕まり。人通りが少ない中庭へと連れてこられた。この人達、知らない人なんだけど、と考えていれば怒られた。


「だから、なぜあなたがテニス部のマネージャーをやってるのか聞いてるの」
「…なぜ、あなたたちにそれを伝えなければならないの?」


そう私が聞けば、聞いてきた女子も、後ろに控えた女子達も、みんな一様に顔を歪めた。…どうやら、気分をそこねてしまったみたい。そのまま、顔を歪めたまま。一人の子が聞く。真っ赤な顔で、怖い。怒ってるの?どうして…?


「あなた、跡部様の、幼馴染だからって、マネージャーまでやって、図々しいのよ!」
「幼馴染だからってマネージャーになんかなって!跡部様のご迷惑になっていることが分からないのかしら?」


…ああ、そういう、ことか。
みんな、めいちゃんが言ってた「テニス部ファンクラブ」の一員さんね。そして、私がテニス部のマネージャーになったことが気に食わない、という人か。そう思っていれば、薄く化粧をした女子達は、…というか若い頃から化粧してると肌荒れるんじゃないかな?たまにならいいと思うけど、学校にしてきてるってことは毎日でしょ?毎日こんなにちゃんとメイクしてると、ファンデとかマスカラの中に入ってる成分って体によくないものも入ってるから、一気に肌年齢がすごいことになっちゃうと思うんだけど…。…まあ、向こうで医療関係の勉強してる時の知識だから、メイク道具の成分とかは触りしかしてないし、自信ないんだけどね。だって、景吾はパーティーの時に軽ーくするだけだし。私もメイクは休日のお出かけの時にしかしないからなあ。まあ、とにかくメイクした女子達(と言っても全員してるんだけど)は続ける。


「跡部様に、テニスをやめろって言ったらしいじゃない!」
「え!言ってませんよ!」


黙ってれば終わるかなあ、と思っていたんだけど、思わず口を挟んでしまった。すると、怒ってた女子達は一層に怒った様に顔を歪めた。ああ、お化粧崩れちゃうよ…。


「テニスに、反対してるって噂よ!そんなあなたが、跡部様や他のレギュラーの方々のサポートをしているだなんて信じられないわ!なんでマネージャーをしてるの!?」


そして、またそう言った女子達に私はちゃんと自分の思っていることを伝えようと決めた。景吾や他のレギュラーの皆さんのファンの子達だ。容姿だけじゃなくて、他のところも見て、ファンになってるはずだし、そんな子達に黙っているのもなんだ。何より、時間がない。私は部室に向かっていたところであり、この子達のせいで10分近くロスをしてる。ドリンクの準備が出来なくなってしまう。


「…部長を、部員を、そして、テニス部の夢を支えたいと思ったから」
「は?」
「景吾…部長は、全国を獲るって、入部した時、宣言したと聞いたの。だから、私はそれを支えたいと思ったの。部長の夢は、マネージャーの夢でもある。それに、」
「それに…?」


私は訝しげな表情を浮かべた女子の中で、そう聞き返してくれた子に小さく微笑みながら、言った。


「私は、景吾を支えるために日本に来たの」





「私は、景吾を支えるために日本に来たの」


そう言ったみょうじの声が聞こえた。俺は昼寝の真っ最中のはずだった。…だったんだけど、女子の煩い声が聞こえてきて、騒がしくて起きた。幸い、俺は木に寄りかかって寝てて、女子達とみょうじが居るところから俺が寄りかかってる木は見えない。俺はそっと身を乗り出して騒がしい原因を見た。女子達、しかもテニス部ファンクラブでも独りよがりって有名な子達。その子達が囲んでるのはみょうじだった。明るい茶色の髪が背中まで伸びていたから、そう。それで、俺は助けに行かなかった。マネージャーになったんだから、これくらいの騒動、一人でなんとか出来なきゃ、これからやっていけない。それに、俺があいつを助けてあげる道理はないC。そう思っていれば、みょうじの声がそう言った。跡部を支えるために来た?なら、なんで、最初に会った時、跡部がテニスをしていることを否定したの。

なんで、氷帝テニス部に、跡部が居ちゃいけないみたいなことを言ったの。

121006
19season
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