「景吾、」
「…分かってる」


レギュラーの皆さんを置いて、景吾とむねと一緒にテニス部の部室に来た私は景吾の腕を掴んだ。頷いた景吾はそのまま少しふらつく。はっとなって背中に手をやれば、むねも支えてくれた。景吾は息も荒く、辛そうに顔を歪めている。…景吾をソファに座らせて、むねは私を見て頷いた。
…ああ、やっぱり無理じゃないの。テニスなんて、できっこない。ただ、感情が昂っただけで、こんなに、なってしまうのに!
私の感情を汲み取ってか、むねが私の肩に手を置く。そして、微かに笑った。大丈夫ですよ、とでも言いたげに。
すると、ソファに背を預ける様に座っている景吾は、息も荒いままに私達を見た。


「くすり、をくれ」
「…う、うんっ!」


私はそれに頷いた。でも、手も足も震えていて、ああ、本当に情けない。
イギリスに居た頃からこういう発作は何度か見たことがあったのに、なんで、対処出来ないの。久しぶりだから?あの頃より発作が酷くなってるから?動けない自分が情けなくて。悔しくて。涙が出そうになった。でも、泣いちゃいけない。これから、テニスをやっていく景吾を支えていくなら、こんな発作、それこそ何回見ることに、なるのか分からない。それなのに、狼狽えてちゃいけない。


「これ、を」
「ありがとう、むね」


むねが差し出したのは、景吾の鞄に入っている薬ケースだった。やっぱり種類は4つあった。確か、こういう時は、どれだっけ。思い出してよ!昨日おば様に教えていただいたばかりじゃない。落ち着いて。落ち着くの。むねが私の右肩に手を置いた。それから私に頷いてみせて、景吾を向いた。


「景吾、」
「ああ、…悪いな」


そう、微笑んで、薬を受け取った景吾に、涙が出そうだった。



「と、言うことで、これからみょうじはマネージャーだ」
「みょうじなまえです。よろしくお願いします」


部活を始める、と言って景吾が集合をかけた。集まった部員の前でそう挨拶をすれば、こいつに仕事を教えるのは滝に任せる、とだけ言って景吾は部員の皆さんにそれぞれ指示を出した。私は滝さん、という人が分からなくて、隣に立っていたむねに聞いた。すると、


「滝だよ、滝萩ノ介。よろしく」
「よろしくお願いします」


じゃあ、ついてきてよ、とだけ言って滝さんは部室に向かった。
テニス部の部室はテニスコート付近に建てられたテニス部専用の部室棟がそれだ。各部にもそういう待遇を受ける部活はあるみたいだけど、テニス部が一、二を争う大きさらしい。レギュラー、準レギュラー、そして平部員と、それぞれのロッカールームが存在して、平部員のみ4つある。ちなみにさっき私が景吾について入ったのは勿論レギュラーの部室である。
マネージャーの仕事は、タオルの用意にドリンクの用意は勿論、各部室の掃除、諸々の洗濯、備品の整理、レギュラーを主とした試合のスコア付け。選手のデータを部長と共有するのも仕事の一部。あとはけが人の手当。
休憩は、レギュラーと準レギュラーが一緒の時間。レギュラーは7人のみで、準レギュラーは15人。あとは平部員で、平部員も5チームに分かれて休憩を行うらしい。
滝さんがそう説明をしながら入って行ったのは、水道と洗濯機などの水回りがあるところ。ここでドリンクを作ってくれればいいよ、と言ってドリンクの粉やボトルはまた違う部屋にまとめて置いてあるから、と言った。そのあと色々と説明をしてくれてから、滝さんは私を見た。


「…他に聞きたいことある?」
「…えっと、次の休憩時間はいつになりますか?」
「4時45分。平部員の2チームだよ」


腕時計を見れば、あと30分はある。それから、20分後にレギュラーと準レギュラーが休憩に入って、そのまた20分後に平部員の残り3チームが休憩に入るらしい。とりあえず、約80人のドリンクとタオルを用意しなくちゃいけない。


「タオルは、どこにあるんですか?」
「休憩用のタオルは個人持ちなんだ。だから休憩の時はドリンクのみでいいよ。君が洗濯すべきタオルとかは休憩用じゃないから」
「分かりました。では、ドリンクの用意をします。ありがとうございます」


そう頭を下げて、私はその部屋を出た。まずは、ドリンクの粉と、80人分のボトルを用意しなくちゃ。景吾にスペース借りて、ジャージに着替えておいてよかった。学校指定のだから、少し目立つけど、怪我とかするよりマシだし。
確か、さっきの部屋に籠がいくつかあった。大雑把に入れても20は入ると考えて、往復は4回。部室はそんなにテニスコートから離れてないから、往復で5分ぐらい。でも、80人分を作ったあと、レギュラーと準レギュラーの22人分と、その20分後に120人分を作って。今日の部活終了は6時半って聞いたから、それから、1時間近くで掃除はしなくちゃ。…いつもこのサイクルで動くとしたら、備品の整理とかそういうのは最初の内に把握出来てた方がいいし、この際だから、仕舞いこんで使ってないバスタオルとかそういうのがあるみたいだし、一回洗ってしまおう。選手のデータも、景吾に聞いて。…そうすると、215人…。顔と名前は一致していた方が絶対いいよね。
さて、することはいっぱいある、と息こんで私は急いだ。

120724
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