さて、忍足君から逃げる為に走って教室を出て、そのままテニスコートに向かったからか、まだこの前の様なギャラリーも、レギュラーの皆さんも、来てはいない様で。というより、平部員の皆さんもあんまり居ない。景吾もむねも居ないとなると、さて、どしよう、とテニスコート入口があるフェンスの前で立っていた。部室はこのまま真っ直ぐ行ったところにあるって榊のおじ様にメールで昼休み教えていただいたから、ここで待っていれば、景吾もむねも来るだろう。よし、待つことに決めた。
すると、景吾でも、むねでも、そして私の唯一知りうるテニス部の忍足君でもない人が私の前で足を止めた。…一体誰だろう。私より背は高い。茶髪は…んー…きのこ?みたい。そして、あの、と声をかけられた。


「あの、跡部部長の幼馴染の方ですよね」
「え、あ、はい。そうです」
「何してるんですか、ここで」


少し、いや、かなり鬱陶しそうに私を見たその人。うわ、なんか目が嫌だな…。その人は思わず半歩引いた私を見て、怪訝そうな顔をした。そして、はあ、と決して小さくはないため息をしてから、もう一度私を見た。


「…なぜ、あんなことを?」
「…あんなことって?」


私がそう聞き返すとこの人は今度こそ、本当に嫌そうな顔をしてみせた。え、なに…?すると、あなたはなんなんですか、と苛立った声で呟いてから私を真っ直ぐ見てから言った。


「一昨日、跡部部長に、テニスのことを問いましたよね」
「…ええ、したわ」


そうか。嫌そうに私を見てくると思ってれば、この人も一昨日のあの時。あの場所に居たんだ。私が答えれば、眉間にシワが寄った。そして、私に近寄る様に足を踏み出した。思わず、一歩下がれば、そのまままた近寄ってくる。背中に何かが当たったと思えば、耳のそばでがしゃんと音がした。それに肩を揺らし、前を見れば、さっきより断然近い位置にこの人の顔が見えた。息を飲めば、ふんっと鼻で笑われた。


「…あんた、何を考えてるんだ」
「…何が?」
「…跡部部長から、テニス取り上げるとか、何考えてるんだって聞いてんだよ」


そう言われて、私は改めて彼を見た。苛ついた表情をしてる。…さっきから冷静にしてる様に思うだろうけど、実はめちゃくちゃ怖い思いをしてる。うう…。景吾にだってこんな風に壁?フェンス?…まあ、いいや。どんって、いや今はがしゃんだったけど。押し付けられたことない上に、いい雰囲気ならまだしも、いや景吾以外だったらいい雰囲気でも嫌だけど。…とにかく、彼は苛立ってるみたいだし、私のこと睨んでるし…。怖いです。本当。私、自分で言うのもなんだけど、財閥の娘だし。景吾とむねと一緒に居たイギリスで怖い人に絡まれても、身体危ないのに景吾が守ってくれたし、景吾たちが居なくなった後は…。そりゃあ、狙われましたよ。財閥の娘だから。私も景吾守りたくて少し鍛えてたし、痴漢とか誘拐犯とかには攻撃してたし。…でもね、この人。…景吾の部活の人でしょ?この人、ナイフ持ってないしさ。攻撃できないよね…それに、近い分、すごく怖い。そう思ってたら、


「…てめえこそ何考えてんだよ」


聞き慣れた、声が聞こえた。すごく、安心する声。
がっと、目の前の彼の肩が掴まれたと思ったら、私から突き放され、私は手首を掴まれ引き寄せられた。


「跡部、部長…」


景吾だった。景吾は私を自分の後ろに隠すと、彼を見た。私はどうしようと、横に視線を移した。そこにはむねが居て、こくんと頷いた。…景吾に任せておけばいいってこと?…そっか。
そう思い、向かい合ったまま、一向に話さない景吾と彼。それから、むねの向こう側に視線を移せば、忍足君と、背の低い赤っぽい髪の子、それと髪が長くてポーニーテールみたいに髪を結ってる子、その隣の銀髪の背の高い子。そして、綺麗な髪がアシンメトリーみたいになってる子、その子に支えられている金髪の子。…一昨日、私が景吾に再会した時に居合わせた人達が揃っていた。揃って、こっちを見ていた。それぞれ表情は違ったけど。


「…日吉、てめえなにしてた」
「別に話をしてただけですよ」
「なんだと…」


苛立った様な声の景吾の表情は私から見えない。日吉と呼ばれた彼は、景吾を見てから、はっとまた笑った。



「らしくないですよ。跡部さん」
「らしくねえもくそもあるか。俺は何をしてたかって聞いてんだよ!」


語尾を荒上げた景吾に、私は、はっとした。むねの向こう側に居る皆さんも、日吉と呼ばれた彼も、驚いた様だった。私は、そのまま急いでむねに鞄を押し付け、景吾と日吉君の間に、景吾と向かい合う形で立った。向こう側に居た皆さんは、私の行動に驚いた様だった。



「景吾、何を怒ってるの?」
「何って、お前が」
「細かいことは気にしないの。部活はいいの?景吾は部長さんでしょ?」
「…ああ、部長は俺様だ」
「そう。だったら、私のこともあるし、部活を始めましょ?紹介してくれるんでしょ?」


そうやって聞けば、長く息をはいたあと、景吾は薄く笑って、ああ、と言った。むねがそっと景吾の左肩に手をやる。それに景吾が気付いてむねを見てから、ああ、と嫌そうに頷いた。…たぶん、薬のことだな、と考えていれば、声が上がった。


「…紹介って、なんのこと?」


聞いたのは綺麗な髪がアシンメトリーみたいになってる子。その子が支えていた金髪の子は、さっきは眠そうにしていたのに、今はこっちを見ている。
まるで、アシンメトリーの子が代表したみたいに、ここに集まった周りの人達(もちろん、テニスラケットのバックを持ってない人も居るから、テニス部じゃない人も集まってるみたい)の視線は私へと、注がれていた。後ろを振り向けば、日吉君がこちらを訝しげに見ており、私は身体を90度回し、背をフェンスへ向けた。


「一昨日編入した、みょうじなまえです」


そう言えば、景吾が私の隣に来て、私より半歩前へ出る。


「今日からテニス部のマネージャーをやることになった。…さっきみてえに、変なちょっかい出すなよ」


景吾がそう言えば周囲の人は皆、息を飲んだ様にただ静かになった。そのなかで私がくすりと笑えば、響いた様で視線が集まる。


「景吾。何もされてないよ。変に心配しないで、景吾は自分のことだけ考えてて?…それと、早く飲んでね?」
「…お前は……いや、いい」


そう言った景吾は、むねに視線を移し、むねはウスと言ってから、私にもウスと小さく言った。ああ、私は景吾ととむねについては行けばいいのね。歩き出す景吾は数歩歩いてから、止まって周囲を見た。そして、一昨日集まっていた人達に視線をやって、


「お前ら何してやがる。早くしろ」


それだけ言って、むねに行くぞと声をかけて行くから私はむねから自分の鞄を受け取って景吾の後ろを、むねと一緒に歩いていった。


120705
アシンメトリーの子は滝さんです
11season
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