―昨日。
私は景吾に景吾の家に連れて行ってもらった。
部活はないと言っても景吾には生徒会長としての仕事がある。景吾の仕事が終わるまで、私は図書室で待っていた。日本の図書室は思っていたよりずっと魅力的で、今度は景吾とむねと来て2人のオススメの本を教えてもらおうと思った。本当は、景吾は生徒会長室で待てばいいって言ってくれたんだけど、私は部外者だし、幼馴染だからって言ってあまり私を特別扱いしているのが周りにバレてしまったら景吾が悪く言われてしまう。幼馴染だから特別扱いしてくれるってこと自体はもっと特別扱いにして欲しいぐらいだから、いいんだけど。

昨日は、ゆっくりと、おば様と、お話するために景吾の家へと行った。


「お久しぶり。なまえちゃん」
「はい。お久しぶりです。おば様」


景吾の家に着けば、奥様がお待ちですとミカエルが通してくれた部屋はテラスへと続く窓を大きく開けてその近くに3人座れる様にセッティングされた椅子に、丸いテーブル。その上にはケーキやクッキーなどが並んでいて、イギリスでよく見られるティータイムの形式だった。おば様はイギリスと日本のハーフで、つまり景吾はイギリスの血が4分の1入っていることになる。
おば様は、そこの1つの椅子に腰掛け、ふふふ、とそのまま笑みを浮かべた。それから私を手招きで呼んで、景吾には部屋から出て行く様に言った。まずは着替えなさい。シャワーを浴びて薬を飲んできなさい。そう言ったおば様に景吾は渋々頷いてから、私の頭をくしゃりと撫でて微笑んでから、部屋から出ていった。
おば様と私は対面になって座っている。おば様は召し上がってと微笑んで、私は素直に紅茶を飲んだ。それをおば様は笑顔で見ていて。…正直、景吾はおば様によく似ている。景吾の目と髪の色は、おば様と同じ色で、私はその目を真っ直ぐ見た。


「ありがとう」


そして、おば様は唐突にそう言った。私は、ただ何も返さずに、持っていたカップを置いて、おば様を見る。おば様は本当に嬉しそうだった。


「景吾の、傍にいてくれて、ありがとう」
「…私が居たいんです」


そう言えば、おば様はそれでもありがとうともう一度微笑んでくれた。それだけなのに、と私が言えば、それだけが嬉しいのだと言った。そして、話してくれた。なまえちゃんには知っていて欲しいの、と。

どうやら、景吾はテニスを続けるために、4種類の薬を常服しているらしい。ついこないだまでは3種類だった薬も増えてしまったらしい。本当は激しい運動は避ける様にとの診断だけれど、どうしてもテニスを続けたいと言った景吾の為に、主治医の先生は薬を忘れずに飲むことと定期健診を受けることを条件に出した。2週間に1回は定期健診を受けている。でも、少しずつだけど病気はやはり進行している。そして、


「…榊のおじ様が、監督?」
「そう。榊さんに頼んだのよ。ちょうどテニス部の顧問の先生をしていたから。病気のことも伝えてあるけど、景吾が納得する様にやらせて欲しいと伝えたの」
「そう、ですか」


榊のおじ様は、榊財閥の跡取り息子で、私の小さい頃のピアノの先生だ。結婚はなさっていないけど、内縁の奥様が居て、娘さんが1人居る。娘さんには私もよく遊んでもらった。…そうか。榊のおじ様は私達の小さい頃を知っているし、景吾のおじ様と私のパパとご友人だ。もしも、のことがあった時は対処出来るし、榊のおじ様なら景吾の考えも分かっていてくれるだろう。
それから景吾が合流するまでおば様と雑談を楽しんで、お昼のお弁当のことも聞いて。私とむねが景吾の支えになると言えば、おば様は嬉しそうにしてくれたけど、同時に無理をしないでねとも心配そうだった。それから、合流した景吾と3人でずっと話していた。懐かしい話や、色々。



そして、私は今、第2音楽室の前に居る。
ここに榊のおじ様が居ると聞いたから。朝、色々聞いてきた、めいちゃんと、それを聞いていた忍足君には悪いけど、あの話はあれで切り上げさせてもらった。景吾のテニスの話とか、本当はすごくしたいんだけど…。でも、私がいつボロを出すか分からない、し。
そう考えていれば、ぽん、と肩に重みが乗った。それに対して振り向けば、


「おじ様!」
「…ここでは、先生と呼びなさい。久しぶりだな」
「はい。お久しぶりです、先生」


そう笑って言えば、やはり景吾のご両親や私の両親から何かしら聞いていたんだろう。まず私がここに居ること自体に全く驚いていなかった。少し、残念。そして、榊のおじ様は部屋の中へと促してくれた。
中にはグランドピアノと小さな机と椅子が一式しかなかった。…てっきり榊のおじ様のことだから私物化してるのかと思った。


「私のテリトリーは第四音楽室だ。そこなら紅茶の一つでも出せたんだが」


そう言って薄く笑った先生は椅子に座った。私にはピアノの前に座る様に言った。


「あの、先生」
「…なんだ?」
「…私、お願いがあってきたんです」


私はそう言って、榊のおじ様の前へと立った。言いたいことは分かっているのか、榊のおじ様は考える素振りも見せないで、私を真っ直ぐ見てくる。そして、私は小さく息を吸って。ずっと考えていた言葉を口に出した。


「テニス部のマネージャーになりたいんです」

120623
8season
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