TH | ナノ

fifth code

「…もしもし?」


開業医である親父の病院の窓口のパソコンの前で俺は自分の携帯がバイブで着信を告げるのを感じた。サブディスプレイを見れば、「柳」の文字。…また何かあったんやろうか。そう思いつつ作業していたフォルダを一旦保存をして、後ろの窓口に座る看護師(佐藤さんな。最近結婚した新婚さんで、旦那さんは近くの大学病院の脳幹扱っとる人や。確か、おとんが大学病院勤めやった時、インターンで来たって言うとった)に声をかけて、患者さんが居る待ち合い室を通り過ぎる。常連…ちゅー言い方は悪いが、かかり医にしてくれとるおばあさんとかに手を振られて、それを笑顔で答えながら外に出た。そしてすぐに通話ボタンを押した。


「もしもし?どうしたん?」
【謙也か?今、大丈夫か?】
「遠慮せんでええし。今日のこの時間は、おとんのとこに居るっちゅーたの聞いとったやろ?んで電話かけてきとるんやから、急用なんやろ?」


そう笑って言うてみせれば、ふっと軽く笑った声が聞こえ、柳君はそのまま話し始める。


【TTがまた出た】
「…TTが?」


自分の声が低くなるのが分かった。…でも、TTだけは嫌いや。昔、俺が管理しとる、おとんの医院の患者リストやカルテぐちゃぐちゃにしよってからは、クラッカーは嫌いや。
おとんの医院やのと柳君達THが助けてくれたからまだなんとかなったが、うち以外の開業医院やもっと大きな病院がもし、被害にあったら。…患者さんが。救えるはずの患者さんが、救えなくなるかもしれんのや。


【…今度はお前の時と同じ感じだが、個人会社の昔のデータを管理していた、俺達と同い年の奴のパソコンだ】
「…それで?」
【お前も一応気を付けろよ、と跡部がな。今回は跡部の友人だ】


思わず、舌打ちをしたくなった。
跡部君も、被害を受けた経験がある。…お互い、THが居てくれんかったら、どうなっとったか。そして?今回は跡部の友人?

TTの奴ら、ええ加減にしろっちゅー話や。


「…ん。分かった。気を付ける。…お前らも気ぃ付けや?」
【ああ。勿論だ】


そう言った柳君は、じゃあな、と通話を切ろうとしたけど、そうだ、と付け加える様に言った。


【また近い内に来てくれ。また皆で集まろう。…そろそろなまえが煩いので切るとする】


そう言われて、電話の向こう側の状況が思い浮かんで思わず苦笑いをしてしまった。まあ、嬉しかったんやけど。四天宝寺のテニス部は俺の仲間やけど、THの皆はまた別や。

跡部君も、氷帝のメンバー以外で唯一気が置けない奴等だと笑うて言うてた。…そのあと勿論お前もな!と俺にも言うてくれるから、なんや…ほんま嬉しかったなあ。

THの皆と、跡部君、俺。
秘密の関係やけど、俺達は今まで上手くやってきた。仲も良い。TH程ではないが、俺も跡部君もそこそこ出来る腕がある。まあ、跡部君のが上やけどな。たまに跡部君と話してると知らんことがあったりするからそん時はメールで送ってもらうなあ。…それを、金ちゃんに見られそうになった時は少し焦った。

THの皆が、自分達がTHだと黙っているうちは、俺達は(この場合は俺と跡部君な)、このスキルを黙っていようと決めた。自分達の、仲間に。


「あれ、謙也さん、今日は病院手伝っとるんやなかったんですか?」


後ろから声をかけられた。知っとる声に振り向けば、光が気だるそうにコンビニの袋を片手に下げて片耳のイヤフォンを外して立っていた。


「ああ、電話が来たんよ。だから、ちょい外してな」


そう言えば、ふーんと興味なさそうに返事をした光に苦笑をする。
この、日常を、壊してくる奴らは、許さない。
THが。柳君と、仁王君と、なまえちゃんとが。居てくれたからよかったものの。

TT。
それは、俺が初めて本気で怒った相手や。
絶対に、許さない。

120128