TH | ナノ

forth code

「…幸村、少し落ち着け」


そう言って真田がコトン、と俺の前に置いたのは湯気が出て、美味しそうな紅茶。俺はお礼を言わずに、ただその紅茶に用意されているミルクを入れてスプーンで掻き回す。ああ、ムカつく。

ここは真田の家だ。
部活帰りに寄って、少し遅い昼ご飯を真田のお母さんに作って貰って、相変わらずの美味しさに感動をして。そこまでは俺の機嫌もよかった。だが、真田が俺に差し出したものによってそれは一変する。…別に真田が悪い訳ではない。この、真田が差し出した、メモリースティックが悪いのだ。


「…これはどいつの仕業?」
「…分からん。仕入れた情報だとこの掃除をしたのはTHらしいから、TTではないかと言われているな。だが噂の内でしかない」


THとTT。
それを聞いて舌打ちをしそうになった。今、業界で有名になってる凄腕のプログラマー達のチーム。だが、凄腕プログラマーだなんてウソっぱちだ。こいつらは、ハッカーだ。一口紅茶を飲んでから、ぎりと歯の音を立てる。真田はノートパソコンにスティックを差し込んでいて、パソコンが立ち上がるのを待っているのか自分用に淹れたのだろうお茶を美味しそうに飲んでいる。どうせ、俺のこの態度はTHやTTの名前や、それでなくてもハッカーに纏わることを聞くとこうなるのだから、俺の相棒でもある真田は慣れっこだということで、真田は全く気にしていないのだ。

俺はハッカーが大嫌いだ。
そして、真田はハッカーはよく分からんと言ってみせたが曲がったことは気に食わんと、俺に賛成してみせた。ハッカーのことになれば真田の方が俺より柔軟な発想を見せるが、俺達はいいコンビだと思う。
タッグを組んだ俺達は、悪事を働く奴等を見つけては、攻撃または反撃し、追い詰め、警察などに送ってきた。俺が倒れる前、中2の頃にやりはじめたことだ。俺にはある目的があったし、真田はそれを達成するためなら何も省みない俺を心配したのだろう。ここまで二人でやってきた。そして俺達にも名前がついた。「スナイパー」だ。ただ他が呼ぶ名前であるから、正直どうでもいいけど。


「落ち着いたか?」


もう一度そう聞いてきた真田に、俺は苦笑いをして返した。すると、一回だけ真田は頷いて、メモリースティックに入っていたであろうデータを広げて、そのまま俺へノートパソコンを見せた。


「…このプログラムは…」
「ああ。このプログラムは始まりのコードが、あのウィルスの文頭と全く同じだ」


はっ。面白くなってきたなあ。
あのウィルスは、元々ウィルスでなかったはずの代物らしい。それを何をどうして使ったのかは知らないが、俺達がこの業界でやる頃にはもうウィルスとして出回っていた。…それをTTが?そしてTHが掃除した?面白いじゃないか。


「…時に幸村、クラスはどうだった?」
「ん?ああ。レギュラーは居なかったよ。真田は?」
「蓮二と同じだったぞ」
「そう」


蓮二。…あいつのデータはどこから来ているのかな。…もし、腕が立つなら。俺達と一緒にやらないかと、誘ってもいいのだが…。THは3人組だし、TTもおそらく3人組だと言われている。数が多い方がって話じゃないけど、スナイパーである俺達も、3人組でやった方が割りがいいのはよく分かっている。
でも。…スナイパー結成当時、蓮二を誘わなかったのは、理由がある。一つは、ハッカーを潰す、クラックを掃除するとは言え、俺達は犯罪ギリギリの行為をしている訳だ。結果的にハッカーを炙り出すことになっていて、貢献しているから許されている様なものだ。それに巻き込みたくなかった。
そして、二つ目。…当時、もうTHは結成されていて。そのメンバーは俺達と同年代という噂が一時回っていたからだ。…別に疑った訳ではない。ただ。絶対の信頼がなければできないと思ったから。


「…そう言えば、面白い子が隣だったよ」
「面白い子?」
「ああ。みょうじなまえって子でね。あの子、何かある。興味深いよ」


そう言って俺がふふふ、と笑えば真田も、お前がそういうのは珍しいと笑ってみせた。

あの子、あの笑顔の裏に何かある、絶対。そして、あの雰囲気、どこかで見たことがある気がしたんだよね。

120105