TH | ナノ

tenth key

それは、ハッキングとなにが違うのだと聞きたかった。
僕には知識がない。パソコンなんてものは、調べ物にインターネットを使うか、レポートをまとめたりするぐらいで、後は授業の一環でしかやったことがない代物だ。世間一般的に使う意図しか分からない。だから、幸村が裕太のパソコンにしたことが、なんなのかは分からない。だけれど…。いや、そんなことは今考えなくていい。裕太が、何をしているのか、危険なことをしていないと分かればいい。


「…やっぱりこれも全部、ロックがかかってる」
「どうにかならないのかい?」
「…裕太君って近々帰ってくる予定ある?」


それになぜそんなことを聞いてくるのか分からずも、2週間後に帰ってくることと予定が無くてもいきなり帰ってくることがあることを伝える。それを聞いて苦虫を噛み潰した様な顔をした幸村は、前髪をくしゃりと握った。何かあるのかと僕が問えば、


「…ロックを解除できるシステムのディスクを持ってきてあるんだ」
「…じゃあ、それを使えばいいんじゃないのかい?」
「そう。ただし、裕太君の腕前にもよるけど、ある程度の力量の持ち主ならば、こういうのって探知かけてしまえば分かってしまうんだ。最低でも、1ヶ月は欲しい…」


裕太が、どこまでの腕前なのかが肝心ってことか。すると幸村は考え込む様に顎に手を当てて、何かふと思い付いた様にまた一つのディスクを取り出した。


「それは?」
「これは、暗証番号とかを確率で叩き出すプログラムが入ってる」
「…暗証番号、つまりパスワードが分かるってことだね?」


そう、と頷いた幸村はそれを使うことにすると笑った。それは裕太にバレないのかと聞けば、これは大丈夫だと答え、ディスクをパソコンに入れた。暫くすれば黒いウィンドウが現れ、幸村は真剣そうな顔つきでエンターキーと矢印のキーを使って操作していく。そして、


「…開いた」


そう言って、もう一度ファイルをクリックした。パッと出てきたファイルの中身が並ぶウィンドウは、どれもが英語で書かれている。幸村はそれを暫く見て、そして僕に視線をやる。


「…どうなんだい?」
「危険なものはないよ。全部、シェイクスピアとかそういう西洋の古典文学みたいだ」


そう、とほっとため息をついた僕は幸村に確認をする。幸村は他のファイルを数個開けてみた。そこにあったのも英語の資料や学校で使う資料―ただし日本語の、だ―が並んでいた。さすがに全部はプライバシーがあるし、とそこでやめた幸村だったけれど、メールボックスだけは確認したいと言った。頷いた僕を確認してから幸村はメールボックスを開く。勿論ここにもパスワードは設定されていて、さっきのプログラムを使ったみたいだった。メールボックスのパスワードは、どのファイルよりも長い時間がかかった。そして開いた中身は空だった。送信メールも受信メールもなにもない。そして、幸村は危険性はないと思うと告げ、また何か気になったことがあったら伝えて欲しいとだけ言った。それに頷いた僕は、幸村を駅まで見送った。
ただ、気になったことがある。
幸村は危険性はないと言ったけど、中身が何もない、そんなメールボックスにパスワードを厳重にかける必要が裕太に果たしてあったのだろうか?中に大切なメールがあるのなら分かる。でも空だった。…そこまで考えて、考えても分からないし、危険性がなければそれでいいと僕は納得した。



師匠が来て、4人で近況報告をしたり、師匠の技術とかテクニックの話をしたりとしていれば私の携帯が着信を告げる。誰かなと思いつつ、師匠と蓮、マサに断りを入れて、電話に出れば、


【もしもーし?なまえちゃん?】
「エリさん!どうしたんですか?」
【どうしたもなにも、Pに怒られちゃうからさあ、最近THの仕事の話聞いて無かったし、3人に会いたいから、マンション行ってもいい?】


P、と言うのは師匠のこと。エリさんは私達THのことを師匠から頼まれている人で、師匠とはあまり頻繁に会えないから、その代わりの相談役の人で師匠の昔の仕事仲間である人だ。


「…えーっと、」


と、師匠が今来ているからエリさん今から来たら理由聞いて師匠怒るんじゃ、と思っていれば私の携帯をするりと後ろから取った師匠が電話に出てしまい、エリさんは師匠に怒られている。…ごめんなさい、エリさん。


「電話だれじゃ?」
「エリさん」
「…そう言えば最近エリさんと会ってなかったな」
「だから怒られてるんじゃろーなあ、エリさん」


エリさん。神林江梨子さん。
年はよく分からない。師匠の昔の仕事仲間だから、30越えてるのは確か。でも、それを分からせない程の美人さんで、すごく仕事の出来るキャリアウーマンって感じの人。師匠が私達の相談役として抜擢しただけあってすごいプログラマーで、でも本業はデザイナー。
景吾君も謙也も知らない、THの秘密の一つだ。

121209
師匠の正体はまだ秘密です