TH | ナノ

forth key

「あーただいまー」
「おう、おかえり!」


あのあと、興奮しきった光莉がいきなり素面、と言っていいか分からないけど、まあ、あのテンションの高さはお酒でも飲んだみたいだった。平常心を取り戻した、と表現しようか。それで、なんであの二人の入れ替わりに気付いたのかと言い寄られた。私はレギュラーは知ってるには知ってるけど、ちゃんと顔と名前が一致する訳ではない、レギュラーを知ってるのは光莉と渚ちゃんが友達だから、と学校では通ってるから、マサと柳生君の、レギュラー(たぶん蓮を除く)もファンも分からない入れ替わりに気付くはずがないのだ。まさか、片方が幼馴染みで毎日の様に会ってますとか言える訳がなく。ただ、別に入れ替わりに気付いた訳ではないことを何度も繰り返した。悔しがって自分も気付る様になる!と意気込んだ光莉は、マサのファンクラブ会長であり熱狂的ファンだけど、恋愛感情というよりはアイドルに対する感じらしい。と、前本人が言ってた。愛は丸井をガン見してて、本人はああ(身長云々のことね)は言ったけど実は気になってるんだろうなあ、と思いつつも終了時間ギリギリまで居た。それから久しぶりに愛と渚ちゃんと光莉と4人で帰ることになって、帰ってきた。途中からテニス部の魅力の話になり、愛がまた練習を見たいと言い出したため、私はまた苦労することになりそうだ。
家に向かえば、珍しく灯りがついているので、そう言えば兄さんが居たなあと思いつつ、玄関に入った。自宅でのただいまにおかえりが返ってくるのは、自宅なのに新鮮な感じだ。普段はマンションだし、自宅でただいまと言っても、誰も居ないから、静かなのが目立つだけなのだ。兄さんの声は、キッチンの方から聞こえたのでキッチンを覗くと、兄さんが青いエプロンをして白菜を切っていた。


「…なにしてるの?」
「今日、夕飯に鍋食いたくなったんだよなー。今から鍋作る」
「あー、手伝うよ。いっぱい作らないと」


それに、なんで?と首を傾げた兄さんにため息を一回だけついて、着替えてくるよと言ってから自室へ向かった。Tシャツと七分のズボンに着替えてから、キッチンに向かう。ああ、携帯も一応持っていこうかな。兄さんが居るから、バイブもライトもなしのマナーモードにしてTH用の携帯は鞄に仕舞ってある。自分の白い携帯のみ、ズボンの後ろのポケットに突っ込んだ。はあ、と思わずため息が出た。鍋か…。なんでまだ5月だと言うのにそんな熱いものを。プラス、面倒くさい。まあ、白菜を切っていたということは、出汁はとってあるんだよね、と思いつつもキッチンに入った。


「あれ?なまえ、エプロンは?」
「面倒くさいからいつもしてないよ」
「兄さんとのお揃いなんだから、しようぜ」


だったら尚更嫌だ、と言いたかったけど、そうすると兄さんが煩いから、仕方なく兄さんのエプロンと色ちがいの、ピンクのエプロンをする。キッチンの棚に置いておいてよかった。取りに行くの面倒くさい。そして兄さんの隣に立てば、大きい鍋に出汁はとってあって、白菜とえのき、エリンギ、しめじがトレイの上に乗っていた。…え?なんで茸ばっかりなの?兄さんは今は白魚をある程度の大きさに切っていて。…あの魚名前なんだっけ。と思いながら私は冷蔵庫から挽き肉を取り出した。肉がないと煩いから、つみれでも作ろうか。牛肉もあるみたいだから、それと鶏肉も入れる?あとは、人参と大根でも入れようか、と考えていれば、


「量多くね?大丈夫?」
「逆。足んないよ、兄さん」


そう言えば、え、と驚いた兄さんに、もうすぐじゃない?と言えば、意味が分からない顔をして、そして、


「なまえ!!助けてくんしゃい!!!」
「雅治!なんで逃げるのよ!!」


ね?と玄関のドアを叩く音とともに聞こえてきた声に兄さんに笑いかければ、ああそうか、と納得した様に、そして仕方ないなあ、と言った感じに笑った。



部活が終わり、疲れたと感じながら家に帰った。今日は遼介さんが帰ってきとる日じゃから、なまえは家じゃろう。蓮は三強で話があるとか言うとったし、まず蓮と2人でTHの部屋で夕飯とか、無理。じゃってあいつの料理不味いし。そうすると必然的に俺は自宅での夕飯となる。今夜は何にしようか、と考える。…作るの面倒じゃのう、とか思いながら玄関のドアを開けると、なんとも言えない異臭が、家全体に広がっていた。…なんなんじゃ、と思いつつも、異臭の元を探せば、キッチンじゃ。それに俺はさああ、と自分の顔が真っ青になるのを感じた。やばい。これは、やばい!!なんで俺は気付かんかったんじゃ!家に灯りがついとることに気付とったらこんなことには。そこまで考えて、はたと思い付いた。そうじゃ。これで、見つからん様にもう一度家を出て、蓮の家じゃと美穂さん経由で連絡行くかもしれんから、なまえん家に行こう。今日は珍しくなまえが練習見に来とったから、それの話もしたいし。よし、そうしよう。


「あ、雅治ー。おかえりー。ご飯出来てるよー?」

終わった。


それから、私達はマサ達を家に招き入れた。マサは料理を手伝うと言って立ち上がって、それに私も!と立つのは麻友美さん。つまり、マサのお姉さんだ。
麻友美さんは美人でさばさばした性格で、はっきり物事を言うし、格好いい。服とかのセンスもいいし、お洒落さんだ。コンピューターだって、美穂さんと並んで兄さんの次にすごい。

だけど、料理が下手だ。
こう言ってはあれだけど、蓮の料理がマシに見える程下手だ。


「姉貴は座っちょって!ええから!」
「ええーやるわよ。あのね、遼介に味見とかしてもらってすごく上達したんだから」


そう言った麻友美さんに、私はマサと一緒にばっと兄さんを見た。兄さんは遠い目をして、そして顔を逸らした。
だめじゃん!これ、全然だめじゃん!

麻友美さんの料理に私は2回、マサは数えきれないぐらいの被害を受けている。そんな私達にしたら、味見させられた兄さんも気の毒だが、今日の晩ごはんの手伝いをさせる訳にはいかない。


「分かった。麻友美、ここにお前が見たがってた映画のDVDがある。今日はなまえと雅治に作ってもらって俺達は休もう」


そう言って兄さんは麻友美さんをリビングに連れていく。私達に、あとは頼んだの視線を寄越して。それに私とマサは顔を見合わせ、はあ、とため息をついてから笑った。


「ていうか、兄さんの服貸してあげるから、マサはシャワー浴びなよ」
「プリッ。サンキューなり」

120915