TH | ナノ

second code

あれから部活に行った二人をなんとなく見送ってから人がざわざわとしているあの掲示板を通り過ぎて、昨日の時点ですでに知っていた自分のクラスへと向かう。いや、知ったのはTHの悪用ではなくてですね、今日の午後にある高等部の入学式の準備の手伝いにきた時に知ったんだよね。マサとも蓮とも一緒じゃないのにさり気なく安心したけど、まさかの神の子と同じクラスとは思わなかったよ。いや、いつもの態度が出るか出ないかひやひやするくらいなら神の子と同じクラスのがいいけど。…神の子は何気に勘がいいし、以前学校でスティック渡そうとした時はひやひやした。…あんなのもう経験したくない、ということでマサにも蓮にもお願いしたら二人もなんとなく青い顔をして頷いてくれた。


「なまえー!今年も同じクラスー!」
「うん。昨日から知ってる」


席はどうやら出席番号順らしく、さっきなった携帯(TH用)を取り出してマナーモードにした時。ちょうどそう言って私のところに来たのは有明愛。中学の時から仲がいい子で
、私がTHのメンバーだとは知らないけどパソコン関係に強いということは知っている。なんだかんだ言って、この子とは4年間同じクラスである。


「そういやさ、幸村君と同じなんだね」
「…しかも、何故か私隣なんだよね。男子の始まりが左じゃない、女子の始まりが右からとかまじなんなのって感じじゃない?」
「…まあ、なまえがテニス部興味ないってのはファンクラブは分かってるじゃん。前喧嘩したし、食堂で丸井君と」
「あれは、愛がせっかく取っておいてくれた限定プリンをあいつが清算してないからーとか言って取ってくから」


あん時はまじキレそうになって大変だった。
あの赤髪まじ許さぬ。それを蓮とマサに言ったらすごい笑ったあと納得もされたけど。



「えーっと、みょうじさん?俺のことは知ってるよね?暫く、隣よろしくね」
「…こちらこそ」


朝練が終わったのか、ラケットバックを肩にかけて、胡散臭い笑顔を貼り付けてそう言ったのは神の子・幸村。…格好いいって皆言うけど、私はあんまりこの人が好きじゃない。ナルシストな訳?俺のことは知ってるよね?とか。ええ、知ってますよ。今度あなたの個人情報調べ上げてどっかに晒してあげましょうか?
…そんなことを思いつつも私は同じように笑顔で答えた。

そう。私はこの男。神の子・幸村精市が嫌いだ。
どこが、なんてないし、原因なんてない。ただたまらなく嫌いだ。
ナルシストなら景吾君の方が納得できるし、格好いい人ならマサとか蓮とか謙也とか景吾君で充分である。兄貴だって格好いい方に入るし。男の人は要は中身だ。そして、それを言ったらこいつは最低である。皆は格好いいとか言ってて気付いてないのか、こいつ、相当の腹黒であり、それは神の子であるこいつとテニスで関わったことのある人は大抵知っているらしい。…やっぱり性格悪いんだな、うん。


「あれ、これってみょうじさんの携帯?」


そうやって幸村が拾い上げたのは、黒に銀の模様が少し入ったスタイリッシュな携帯。…あああ!THの携帯!!なんで?!と思いつつも、


「うん。私のっていうか、お兄ちゃんの。朝、バッグに入ったの気付かないで持ってきちゃったんだよね、さっき気付いたんだけど…無くしたら怒られるとこだったよ。ありがとう」
「そっか。はい。気をつけてね」
「うん。ありがとう」
「ふふふ。どういたしまして」


そうやって手を差し出せば携帯を乗せた幸村はふと言ってみせた。


「それ、メールいっぱい来てたよ?ごめん、一回開いちゃったから…」
「え、あ、大丈夫…だと思う」


何してんだこいつ!デリカシーもプライバシーの欠片も無いのか!そう思いつつも、携帯を一度開く。メールは14通。おそらく依頼のメールだろう。…今日はTHの部屋行ったらこの選別から始めないとな…。

実はこの携帯。景吾君が契約してTH用に用意してくれたもので、景吾君名義の携帯なのだ。部屋も景吾君名義だが。…私たちが助けたあの事件は、景吾君が周囲には内緒にしている、景吾君運営の会社の危機であって、私達のパトロンみたいな感じで仲間入りをしたのだ。まあ、実際のTHは私達3人だけだけど、私達からすれば私達の秘密を知っているだけで仲間内である。

そして、実は普通のロックだけでなく、特殊なロックをかけており、それを解けるのは私達3人と景吾君、謙也、そして師匠となるあの人だけ。別に景吾君と謙也、あの人には教えたんじゃないんだけど、あの人はともかく景吾君と謙也も普通のプログラマーよか出来る凄腕の持ち主である。…あの人は私達も、たぶん私達の兄貴達も適わないほどの、化け物であるから、放っておくが。


始業式はぼーっとしていれば勝手に終わっていて、私は途中まで愛と歩き、美味しいクレープ屋さんでクレープを食べて、それからTHの部屋、仕事場所へと進む。THの仕事場は3LDKの部屋で、リビングのテーブルの上にノートパソコンが3つと壁に沿う様に1つのデスクトップ。ここの部屋の鍵を持っているのは私達THと景吾君、謙也、そしてあの人である。あの人は滅多に来ないし、景吾君と謙也が来てる時は絶対に来ない。…蓮とマサに前不思議だねと言ってみれば、どうやら面識があるらしいのだ。まさか。あんな人があの二人と面識があるとか凄くびっくりだ。


「よう、なまえ、材料なら買ってきたぜ?」
「…早いね、景吾君」
「まあな。今日は相談もあったしな」


そうやって言いながら近くのスーパーの袋から食材を取り出して冷蔵庫に入れる景吾君と話しながら私はリビングのテーブルの上の私のノートパソコンの電源を入れた。


「なあ、オムライスでよかったか?」
「うん、ありがとう。…私のオムライス、謙也程美味しくないけど」


THの携帯を取り出して、メールを確認しつつキッチンに立つ景吾君にそうやって笑い返せば、同じように景吾君も笑って言った。


「俺の家のシェフよか、謙也のが美味い場合だってある。あいつは医者よりコックになった方がいいかもしれない奴だぜ?謙也と比べんなよ、桁違いだ。普通にお前の料理は美味いし」
「それ聞いて少し安心した」


それで?と私は携帯をポケットにしまってから聞いた。は?と隣に立って料理を手伝う気満々の景吾君にレタスを渡しながら、さっきの、と言う。すると、水道のレバーを上げようとしていた景吾君の手が止まった。不思議に思って彼を見れば、ただ、俯いていて。


「景吾君?」
「…THに、依頼だ。なまえ」
「依頼?」
「ああ」


俺の、チームメイトから。
そうやって言って景吾君は私を真っ直ぐ見た。彼の目は凄く澄んだ蒼い色をしていて、正直少し苦手だ。でも、その綺麗な目は、真剣さを訴えていた。景吾君のチームメイト。ということは未成年だ。


「…蓮とマサに確認するけど、一応ね。でも、その依頼、承ります」


未成年をこの世界のトラブルや犯罪に巻き込んじゃいけない。
…あの人の教えでもあるし、私達は自分のことは棚上げだが、確かにそう思っている。


そうして。
久々の未成年からの依頼を受けたのは、仕事場のキッチンというちょっとおかしな所だった。

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