TH | ナノ

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−春。
桜が咲き誇る今日。始業式が始まる。



「まあ、かったるくて出たくないよねー」


私、みょうじなまえは背伸びをしながら欠伸をした。少し早いこの時間に通学路を歩いている人は少なくて、まあ、隠しもせずに大きく。すると、ぽん、と頭に小さな衝撃が来る。あまり痛くはないけれど、それをやってくる犯人に察しはつくので、大げさに頭を押さえながら、後ろを振り返る。


「おはようさん」
「あんまり大きく欠伸をしてるな。はしたないぞ」
「おはよう、マサ。で、蓮はなんなの?挨拶は?」


ちゃんとおはようと言ってくれたマサとは違って、蓮はおはようって言ってくんないし。すると、緩く笑って蓮は身を少し屈めた。すっと次に差し出された、それ。小さな黒光りするスッティクだ。私はそれを受け取り、蓮を見上げた。


「例の奴だ。今日俺達は部活がある。どうせ行くのならついでに頼む」
「今日も、の間違いでしょ」
「そう怒りなさんな。今日はあいつも来る言うてたし」


マサはそう言って歩き出した。蓮も私のネクタイを持って歩き出す。首が絞まるじゃないかこの野郎。

幼馴染。
それが立海高2年の至って一般的な生徒な私と、参謀と持て囃される蓮、コート上の詐欺師という呼び名を持つマサとの関係性だった。二人と私は小さい頃から一緒の遊んできたし、家も近い。親や兄姉が同じ会社だったりと今や生活の一部でもある関係である。テニス部で人気のあるこいつらと私は滅多に学校では会わない。それは二人が私をファンやらなんやらのトラブルから遠ざけてくれているのもあるけど、一番の理由は、THである。

TH。
巷、と言うかその業界では今や有名なチームだ。正式名称はhalf truth。THという名称はチーム・half truthの頭文字でもあるけど、half truthの逆頭文字でもある。この名前をつけたのは、私達じゃない。…こんなね、いかにも意味深な名前つけないよ、厨二っぽいじゃん。でも、格好よくね?って名付け親に聞かれて思わず三人でうなずいちゃったんだけどね。だけど、名付け親は私達より結構年上で、あの歳で厨二って…って感じだ。いや、ネット世界には居るだろうな年齢だけど、身近に居るのはなんだか嫌だ。
master、swindler、witchの三人で形成されるこのチームは所謂ハッカー。もっとちゃんと説明するなら、このチームはどこの会社にも属さないコンピューター開発チームみたいなもの。完全依頼制で、勿論依頼料はとる。書類処理からクラック(コンピューターを攻撃してデータを駄目にすること)から直したりなど。まあ、コンピューター関係のなんでも屋である。

そして、この三人の正体は誰も知らない。
依頼もロッカーを使ったり、郵便を使ったりと、滅多に依頼者とは会わない。会話をしても変声機を使われていて、年齢は愚か性別も知られていない。

そんな、漫画みたいなスーパーチームが、私達である。
だから、誰にも秘密なのだ。私達がTHであることは。そして、蓮とマサが幼馴染をテニス部で隠しているから、私が二人と幼馴染なのも、内緒なのである。

中2の春。
両親や兄姉の影響でずっとコンピューターに触れてきた私達が最初は遊びで作ったチーム。それがTH。まあ、ある人と出会い、それはすぐに変わった。私達は人助けを前提にしてはいる。業界では血も涙もないと言われているらしいが、私達の中の条件に達しなければ、どんなに困っていようが助けない。私達の人助けには条件がある。

…まあ、それはおいといて。
昔からパソコンをショートさせたり、学校の先生の勤務中のお遊びをバラしたりと遊んできた私達は、自分達の力を充分把握しているつもりである。だが、可能性はまだある。自分達の力を伸ばす為にも、あの人との約束を守る為にも、そして、何よりこの秘密の関係性は楽しいのだ(これが今のところ主な理由だったりもする)



「あいつって…向こうも今日新学期スタートでしょ?来れるの?」
「だから部活がないと言っていたぞ」


マサと蓮に追いつけば二人が間を空けてくれる。私の右の蓮。左にマサ。それが昔からの並び方である。すると蓮が隣でそう答えた。…景吾君、部長の座を利用して…いや、あの人はそんな人じゃない。景吾君は普段は傲慢な俺様主義らしいけど、私達と、THと居る時は優しい人だ。俺様ってのはなんとなく分かるけど。まあ、蓮にもマサにも言わせたら、外と私達と居る時のギャップがすごいって。生憎、私は外、つまり氷帝学園での景吾君を見たことがないし、テニスの大会もあまり行かないし、まあ、THと景吾君、そしてたまに大阪から謙也が来て。その時にテニスをしているのは見たことがあるけど。外の景吾君、そして外の謙也のテニスは見たことがない。


「…うー、まあいいや、蓮お腹すいた」
「…また朝食抜いたのか?」
「今日は兄貴が徹夜明けでコーヒー付き合って飲んだだけだし」
「…だから、姉貴も機嫌悪かったんか…」


私の兄とマサのお姉さん、蓮のお姉さんは同じ会社で同じチームに居る。だから、三人一緒に徹夜とかありえる話らしい。
すると、蓮はがさごそと鞄を漁って、カロリーメイトを私の手に乗せてくれた。しかもメープル!私メープル一番好きなんだよね!そう言えば絶対知ってるって返ってくるから、ありがとうとお礼だけ言って、もそもそと食べ始めた。俺にも、とマサがせがるからマサにも一口あげたら、携帯が鳴った。…ん?でも、この音。そう思って携帯を出せば、鳴っていたのは案の定TH専用のだった。ちなみにこの電話もTHの事務所的な仕事場的なマンションの一室も、全部景吾君というスポンサーのおかげである。


「てか、マサも蓮も練習って言ってもお昼まででしょ?」
「ああ、そうだが」
「なら、ご飯作ってるから直行で来なよ。謙也のが美味しいかもだけど文句言うなら食べないでね?」
「俺はちゃんとなまえの料理好きじゃし。文句言う必要ないもん」
「謙也の腕は店を開ける程だ。心配するな、比べたら終わりだ」


…なんなの、こいつ。朝からすごくムカつく。するとマサが少し屈んで言った。


「蓮、朝から美穂さんにTHのこと疑われて機嫌悪いんじゃ」
「マサ…今日にメニュー追加でいいか?」
「ええっ…いや、それは勘弁ナリ」
「…機嫌悪い上に八つ当たりとか…蓮の秘密情報、テニスのファンクラブにばら撒いたっていいんだよ?」
「…本気で言ってるのか?」


薄目を開けて私を見た蓮。同じように見返してやれば、隣でマサがはあ、とため息をつくのが分かった。睨み合う様に私達はお互いを見る。それに私が肩を竦めてまさかと返した。


「masterを敵には回したくないし?まあ、幼馴染の私達だから大丈夫なんだからね?」
「まあ、蓮はうまくやっちょるよ」
「…はあ。もうすぐで学校だな」


そうだね、と私は返しながら周囲を見る。誰もいない。まあ、校門近くになったらなったで一緒になったからと言える。去年はマサと、一昨年は蓮と同じクラスだった私は今はあのテニス部の部長の幸村君と同じクラスである。それに図書委員をやってるから、別段この二人と会話しない訳ではないし。


「…姉さんが」
「美穂さん?」
「ああ。…THの最近の動きを把握していた」
「…そうか。俺の姉貴はなんも言っとらんかったぜよ」
「兄さんも。でも美穂さんがもう知ってるんだったら。今日ぐらいには兄さんの耳に入るでしょ」


私達は。THであり、同時に高校生である。そこらに居るどく一般的な高校生とあまり変わりが無い。ただ、一つだけ。大抵のハッカーとは数段は違う、ハッカーとしての腕があるだけ。兄さん達にも、両親にも。内緒にTHをやっている私達。目的はある。人助けなども、だが。とりあえずは腕を上げること。将来、THを職業としてもいいと思っている。まあ、そのときはフリーではなく、兄さん達の会社に入って、と考えているけれど。そして。私達は、あの人の頼みを必ず。…だから、内緒。それを達成するためには、若干の無茶も必要で。それで、心配をされていてはやり様がない。…まあ、景吾君や謙也はその点、心配したもそれ以上に協力を申し出るから、気にはしてない。


「…まあ、大丈夫だよね…」
「当たり前じゃ」
「…姉さん達の腕は定かだが、俺達もただの高校生ではない。簡単にハッキングもクラックも出来ない」


そう話していれば、校門が見えてきた。だんだんと生徒も見えてきて、この話はこれで終わりとなった。…まあ、私達の高2の、思いもしない波瀾の日々はこんな風に幕を開けたのだった。


111126
はじまりです