あの日。俺達は、確かに、間違っていた。




「薫、薫?」


名前を何度か呼ばれてから、その呼ばれている名前が自分の名前だったと自覚した。はっとなって自分の名前を呼んだ相手を見た。綾香は、ふわりと微笑んで言った。どうしたの。俺は何でもないと返して、自分の手元にあった書類に目を落とした。綾香は、ふうと息を吐き、また笑ったようだ。今度はたぶん、困った様に。見て、ないから分からないけれど。

10年前。あの3人が、俺に知らせた事実を俺は、確かめることが出来なかった。あいつらに向かう敵意を、無視することは出来なかった。篠原に向かう敵意を、無視することも、出来なかった。あいつは、何もしてない、はずだった。俺はどうしたらいいか分からなかった。桃城は、綾香を信じきっていたし。乾先輩は、何も言わなかった。河村先輩と不二先輩は何だか様子がおかしかった。様子がおかしかったのは、大石先輩も菊丸先輩も、同じだったけど。勿論、部長も。

結局、篠原の味方は、越前だけだった。越前はあらかさまな態度は取らなかった。篠原と一緒に居る時間が多いだけで、俺達に邪険な態度は取ったことはあまりない。どちらかと言えば桃城とか、が。越前と関わらなくなっただけで。その二人の変化も一緒に帰ることが無くなった、だけ。でも、一度だけ。一度だけ、篠原が居なかった時。あいつは、不敵に笑って、言った。


「俺は、事実も真実を知ってるし、先輩達みたいな間違いもしてない。だけど、それは、先輩達とは条件が違うからだけなんスよ」


意味が分からなかった。条件ってなんだよ。綾香に向けて、越前は言った。


「葵さんも、俺も、俺達も。アンタなんかには負けないよ。葵さんは、間違いはおこすものだからって言ってたけど」


篠原と越前と、越前…達?仲間が、居るのか?…いや、1年の三人は居るだろうけど、俺が知ってる限りでは校内に篠原の仲間、味方は居ない。…じゃあ、他校、か?そういえば、氷帝の跡部や、立海の幸村、仁王。その3人とは会えば必ず、話してたけれど。

…そう。篠原は、まだ俺達を信じ、許していてくれた。越前はどこか不服そうに言ったし。たぶんだが。それに納得してなかったんだろう。越前は続けた。


「俺は、絶対、許さない」


鋭いその言葉は、冷気とともに身体を巡った。それは俺達ではなく、綾香に向けられたものだったのに。若干離れて居た俺でさえ、そう感じたのだから、綾香は。それに、身体を巡った冷気。あの頃はまだ分からなかったが。今なら、言える。

あれは、殺気だった。













「久しぶり、だね。堀尾」

は、と惚けた声を出してしまった。千歳先輩と小春先輩はどこか嬉しそうに笑っている。え。ちょ、笑っていられる状況じゃないんだけど、こっちは。どういうことなんだ、一体。俺は表情がそのまま顔に出ていたんだろう。千歳先輩は笑いながら、一応上司っちゃ挨拶挨拶。そう言うまで動けなかった。だって、目の前には。あの頃。1年だけ一緒に過ごした仲間…と言っていいのかは分からないが。そんな奴が。唯一の篠原先輩の味方が。滅多に見せなかった笑顔でこっちを見ているのだから。






こ こ ろ が き し み

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