蹴られた小石はころころと転がり、坂を下り、スピードを出して、そして加速していき、ついには止まらなくなる。

だがそれは小石のせいではない。小石が選ばれてしまったからなのだ。小石を蹴った相手に蹴る小石だと決められた、選ばれたせいなのだ。小石は可哀相だ。小石は、自分の意思ではなく他人の意思に決められてしまったのだ、運命を。蹴られた小石はスピードを増して、どぶに落っこちた。誰かに知られることもなく、自分一人だけで薄暗い中を過ごす。たった、一回の、一つの、選択で。小石はその選択により、運命を変えられた。不敏だ。小石はなにも悪いことはしていないはずなのに。小石は、なにも選んでいなかったのに。


 小石は、運命を決められた。


蹴られた小石は止まることを知らない。そうして、転がっていく。ころころところころ。ころころ。石は自分の石では止まれない。誰かが止めてくれないと。それこそ、小石自身を蹴る力より簡単で単純で弱くても大丈夫な、止める力。止めるのは誰だっていいのだ。ただ蹴った相手は決して止めてはくれない。小石は、小さいからこそ蹴られてしまい、小さいからこそ転がっていることも気付いてもらえない。元々居たところから居なくなったことさえも、気付いてもらえないことも少ない。だけれど小石は願う。信じる。自分を愛でてくれたあの人は、自分を仲間と言ってくれたあの人達は、自分の居場所だったあの場所は、必ず気付いてくれると。泣きながら助けを呼ぶ。叫ぶ。ああ、なんと小石は可哀相だ。


助け。それは、いつ来るのかしら。蹴られてしまった小石はいつも気付いてもらえない。可哀相、かわいそう。
ねえ。あなたも自分が可哀相だと思うでしょう?

 ラルツォーネの「蹴られた小石」
 橋本、晃さん?









「ありがとう、景吾。流石の演技力だったわ」


病院から出て、景吾と隼人が乗ってきたであろうロールスロイスに乗り越んだ。どうやら運転手は樺地君だ。久しぶりだねと話せば、景吾さんから聞いていますと幾分かあの頃より流通になった日本語で返してくれた。

景吾が助手席に座り、私と隼人で後ろに乗る。その間に手首を後ろ手でおさえ縛られ、橋本晃は座っていた。気を失っている。

橋本晃は今回の河村隆と私の事故の加害者だった。私達を撥ねた乗用車を運転していたのは橋本だった。橋本の言う真相はこうだ。

橋本は急いでいた。河村の寿司屋の近くにある公園に「呼び出され」て急いでいた。そして、橋本が言うにはブレーキが効かなかったのだ。その道の制限速度50Kmを70Km、20Kmオーバーで車を走らせていた橋本は目の前に「押し出された」様に飛び出てきた女の人(私)を撥ねそうになる。それを見て咄嗟にブレーキを踏む。そして、ハンドルをきる。そのままだと女の人にはギリギリ当たらない場所に車が突っ込むはずだった。だが、いくらハンドルをきっても車体は直線上を走っていくだけだった。危ない、そう思った瞬間、女の人を庇う様に男の人が飛び出てきて、女の人を抱えた。ブレーキを強く深く踏む。サイドブレーキさえ使った。だが速度は落ちなかった。ハンドルを同時に車がひっくり返るぐらい限界まできった。だが向きは変わらなかった。そして、そのまま二人を撥ねた。強い衝撃音が聞こえた。自分はクッションが出て大丈夫だった。車はそこから十数メートルの位置で止まった。それこそ、ブレーキを最深まで、ましてやサイドブレーキをしていたからだろうか。


「あーん?当然だ。実力だからな」


そう景吾はいつものように笑って髪をかきあげる。隼人は橋本を揺らす。起こすみたい。

橋本は保険会社の人を交えて私達に説明した。まずは謝った。すいませんでした、本当にすいません。そう深くに頭を下げてくれた。私が何かあるんですよね、と問い掛ければ、嘘ではないんですと前置きをしてから話した。最後に深く深く頭を下げてもう一度謝った。そうですか、と私は呟き、しばらくすると保険会社の人は帰っていった。最後に私達だけに橋本には見えない様に綺麗に微笑んでくれたから私も同じ様に笑い返した。それを不思議に思っているであろう橋本に隼人がクロロホルムを嗅がせた。橋本が崩れ落ちるのを見て、なんだか自分が情けなくなった。

だけど、こいつだってあんなに必死に謝っていてもマフィアの掟を破る様なことを仕出かしている。どうやら青学のレギュラー達が汚い仕事などをしていない代わりに、綾香や橋本みたいな他の幹部や幹部クラスぐらいの奴らがやっているらしい。

だから、仕方ないんだ。

そう思わないと、私は自分が仕出かしていることの大きさを知っているわ。私情を入れ込んでしまっているこの仕事。私は、正当化をしていたい。あの人達が先に裏切ったの。だから、仕方ないの。裏切って、事実を受け入れなかったから。10年もあげたのに。執行猶予を、たくさんあげたのに。



だから、私は復讐をはじめたし、まず河村先輩も終えた。たぶん、河村先輩は二度と寿司を握れなくなる。そして、小石を蹴った。強く、高く。遠くへ遠くへ飛んでいくように。蹴り上げて、坂を急にした。小石は止まらなかった。









け っ た こ い し は

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