一体、どういうことなんだ。俺は緊急にある少ないベッドに「雲雀葵」とネームプレートを書き枕元に設置すると眠るその女の人を見た。

この人は、まさか、葵ちゃんなのか。




篠原葵。
それは、俺達の仲間だった女の子の名前。10年前に自殺をした女の子の名前。綾香を虐め、クスリをばらまいた女の子の名前。
俺は何も出来なかった。彼女を傷付けた。説得するべきだったんだ。リンチの前に必ず、やっていない、と言う君を、俺は、一回殺意を持った。意味が分からなかった。彼女がやったことは明白で。そこまで白を切る彼女も分からなかった。今すぐ謝れば、この状況から少なくとも、抜け出せるのに。綾香は許してくれたのに。皆も、戻ってきて欲しいと願っていたはずなのに。

…皆、そうだ。でも彼は違った。そう。たった1年だけ一緒に過ごした。いや、ひと夏だけ、一緒に過ごした彼。越前リョーマ。越前だけは違った。皆が綾香を守ると決意する中、越前だけは彼女を守ると言った。皆が話さなくなっても越前だけは彼女と話した。俺達と段々離れていったがそんなこと関係ないとでも言いたそうに、彼女の傍に居た。

そして、この人、は、篠原葵にそっくりすぎる。



「……ん、」

俺がベッド脇の椅子に座り、脈拍をとっていると女性は目を覚ました。身体を起こしながら何回か瞬きをした。そして、

「隆さんっ、」

「あ、その人なら今緊急オペ中だから」

すぐにでも飛び出しそうになったから肩を掴んで俺は言った。オペ、と小さく呟いたその人はベッドに座った。そして、俺を見た。

「…あなたは?」

「、俺は、あ、私は、ここの医師です。一応、検査しましたがどこか痛むところ、ありますか?」

「…ありません」

大丈夫です。そう言ったその人は、一度目を伏せるとゆっくりと目を開いた。真っ直ぐに俺を見る。これ、も。葵ちゃんと同じ。

「…隆さん、緊急オペって、そんなに、酷いんですか、」

「…いえ、私は通り掛かった整形外科ですので…。詳しいことは分からないんです、」

すいません、と言えばその人は、そうですか、と俯いた。この人は、俺のことを知らない様だ。俺を見て、一度も表情を変えなかった。…その前に、なんでこの人とタカさんが一緒に事故に?

「…あの、俺、タカさんとは、中学が一緒で。友人なんです」

「…中、学?」

そう呟いたその人。目を大きく開いた。そして、

「…じゃあ、なんで私と隆さんが事故に遭ったのか気になりますよね、」

「…ああ」

すると、その人は左手を胸の前でぎゅっと右手で握ってから言った。二人で話していたら私が間違って道路に出てしまい、そこにスピードを上げた…と思いますけど乗用車が来ていて。それを、隆さんに庇ってもらった、んです。俯いてそう言う。その人の肩は小刻みに振るえていた。

「…そう、なんだ。…ありがとうございます」

「……いえ。…あの、お名前を伺っても?」

「あ、はい。大石秀一郎です」

「大石、さん。私は、雲雀葵です」

にこりと無理をした様に笑った雲雀さんは、やっぱり葵ちゃんとカブって見えて。耳の遠くで、久しぶりですね、という声が聞こえた気がした。

すると、走る足音がいくつか聞こえてきた。


「葵!」

そう雲雀さんの名前を呼びながら入ってきたのは赤いフレームの眼鏡をかけた銀髪を短く縛った黒スーツの男性だった。そして、跡部景吾。そう、跡部君。最後には見たのは高校時代。その頃から大人っぽかったが今も相変わらずみたいだ。その彼がその後ろに黒のスーツを着て、その男性と同じ様に息を切らして居た。

「隼人…それに景吾」

雲雀さんがふわりと笑った。すると、銀髪の男性がこっちに走ってきた。

「葵、事故ったって聞いて飛んで来たんだぜ?お前、なんともねぇんだろーな?」

ボスから連絡きて焦ったんだぜ?その人は 苦笑いをした。雲雀さんは私はね、と小さく呟く。

「あーん?それはどういうことだ、葵」

「…隆さん、に、庇ってもらって」

「…河村、だと?」

跡部君はまだ俺には気付いていない様で。銀髪の人はタカさんの名前を言った跡部君を見た。そして、なんで、と言ってから、

「…そうか、てめぇはテニス部だったな」

「ああ」

「……テニス部は、色んなものを失くすわ。……妹の葵だって、もしかしたら、」

「…そういや、義理の妹だったな、」

「うん。景吾には、助けてもらったみたいだったよね。ありがとう」

そう言って雲雀さんは微笑した。跡部君はいや、と小さく答え、俺と目が合った。直後に視線は鋭くなり、俺を射抜く。久しぶりだな、とだけ言われたから、そうだねとだけ返した。すると、

「…なんだ景吾。知り合いか?」

「…元青学テニス部だ」

「大石、秀一郎です」

そう言うと銀髪の人は目を見開き、すぐに雲雀さんを見た。雲雀さんは静かに首を横に振る。すると、銀髪の人は、ぐっと拳を握り締めた。一体、なんなんだろう。

「…青学には、義理の妹の、篠原葵が通っていたんですよ」

悲しそうに笑いながら雲雀さんは自分と同じ名前の女の子の名前を言った。それは俺にとって、とても懐かしい名前で。急に涙が出そうになったけど、不意に浮かんだ疑問によってそれは収まった。




タカさんは、これを知っていた?
…他のファミリーも、知っている、かも、しれない。



この、篠原葵ちゃんにそっくりな雲雀さんを。






き み が い ま い き て た ら

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