「へい、いらっしゃい!」
「よう!大将に若大将!」
「その呼び名は止して下さいよ…照れるなあ」
あはは、と呟きながら俺は返した。
この人は常連さんで、お昼をいつもうちの店で取ってくれる人。
いつものように俺は昼時、忙しくなるこの時間帯を親父と笑って、過ごすつもりだった。
―ガラガラ。
だけど、扉が開く音が聞こえ、そっちに目を向けると、
「いらっしゃい!!」
「あ、い、いらっしゃいっ」
親父がいらっしゃい、と言うまで、我を忘れてた。
それくらい、その女の人は綺麗だった
女の人は、迷わず、カウンターに座った。
被っていた帽子を取って、つけていたサングラスもとった。
「…葵、ちゃん?」
「え?」
その女の人は、葵ちゃんの面影があって。綺麗な切れ長の黒の瞳も、背中まである長い髪も同じくらい綺麗で。服の趣味もカウンターの上に置いてある、携帯につけてある携帯のキーホルダーも、首からちらりと見える銀のチェーンも、
全て、葵ちゃんと同じで。
「…隆、この人と知り合いなのか?」
暫く俺の思考がそれで止まっていると、親父が隣からそう聞いてきた。はっ、と我に戻る。葵ちゃんの、筈がない。葵ちゃんはあの日、死んじゃったんだから。
「えっと…何故、私の名前を?」
「え?」
そう俺が聞き返すと、女の人は俺以上に不思議そうな顔をして、
「だって、今、葵って」
一瞬、その女の人だけが色付いて、輝いて、見えた。
今、葵って、葵って言った。で、でも落ち着け、俺。苗字が、苗字が違うかもしれない。
「…すいません、苗字を、教えてもらっても……?」
「え?…雲雀、ですけど」
雲雀。ひばり、ヒバリ。
…やっぱり違った。雲雀、だ。篠原じゃない。
すると、その人は、あ、と言って、
「もしかして、葵のお知り合いだった方?」
「え?」
「篠原、葵。
私の親友です。もう、10年も前に居なくなっちゃった子ですけど、」
ふふ、と笑いを零し、懐かしいなあ、と雲雀葵さんは言った。
「い、居なくなっちゃった、て…」
「…ああ…。
私も最近、知ったんです。この近くの青春学園に通ってた子なんですけど」
そう、女の人は、寂しそうな笑顔を浮かべた。
ああ、雲雀葵。聞いたことあると思った。
「私を置いて逝っちゃうなんて、酷い子です」
あの日、テニスコートに来た、ショートカットの女の人、そして、
帽子を被った、長髪の女の人。
確かあの人が、雲雀葵だった。
思い出すのは君の笑顔と泣き顔だった