Episode1 [ 1/12 ]

柳さん、と放課後、まだ精市も他の奴らも来ていない時間。赤也がどたどたと足音を立てながら部室に入ってきた。赤也のクラスは今日は遅くなる可能性57%だったのだが…。そう思いながら、早いな、と声をかけた。息を切らしている赤也は、そそれどこかじゃないっスよ!と肩にかけていたラケットバックもそのままに俺が座っている前に椅子を引っ張ってきて座った。俺は簡易テーブルに広げていたノートを閉じて赤也を見た。


「どうした?英語で高得点でも取れたのか?まあ今回の小テストでのその確率は、18%だ」
「…いや、まだ返って来てないんですが…ええそんなに?やっぱ出来なかったけどよ……ってそんなことじゃないっスよ!」


なら、どんなことなんだ、と思い赤也に聞く。すると、あの、と言いしばらく躊躇った様な感じだったが、遂に意を決した様に口を開いた。


「幸村部長って、彼女出来たんスか?」
「…………は?」


何を言っているんだこいつは。
精市は中学の頃から彼女を滅多に作らなかったし、作ってもすぐに破局する。女子の方が精市についていけなくなるのだ。精市もそれ程相手を好きで(言い方が悪いが、遊び人ではないのだ。ただ俺達部外者から見て溺愛している様に見えないだけなのだが)付き合っている訳ではないから、加減もしない様だ。
元々、自分達(俺達テニス部レギュラーのことだ)に近付く女子はほとんどがミーハーだと精市は思っているし、俺もそう思っている。それに、精市についていくなど、ドMな奴でも無理に近い。高校に入ると同時に告白してこようものなら相手は必ず泣き帰る。まあ、稀に泣かない奴も居たらしいが、それはミーハーじゃない女子、らしい。(精市がそう言っていた)中学最後の彼女と別れた後、独り言の様に言った「彼女は当分、要らないな」と言葉は何となく悲しそうだったが。

だが、そんな精市が彼女を作った?
そして、そんな重要なことを俺が知らなかった?そして、なんで赤也がそのデータを知っている。


「だから、幸村部長って彼女出来たんスか?」
「………言っている意味がよく分からない」
「……え。つーことは、柳先輩、知らないんスか?」


赤也にそう言われ、ロッカーの中の鞄からノートを取り出して来る。精市のページを開き、全てを見直すが、一番最近のデータは、5時限目の数学の時間教え方にたどたどしさが残る新任教師が理不尽なことを言いだし、それを精市が言いくるめ勝利したことぐらいだ。


「……それはどこからの情報だ?仁王ではないだろうな?」
「違うっスよ。俺の隣の女子が幸村部長のこと好きだったみたいで、昨日告白したらしいをスよ」
「ああ、それなら知っている。中川だろう」
「……よく知ってますね」
「……昨日精市がミーハーじゃない子に久しぶりに告白されたと言っていた」


そう言えば、あーだとかうーだとか、しばらく唸った赤也は、それがですね、と話し始めた。昨日、告白をした中川は、まあ定番の様に「好きです!あの、テニスをしてる時の幸村先輩とか花壇に水あげてる幸村先輩とか…。色々な幸村先輩見て、すごく、いい人だな、と思いました!」と言ったらしい。…告白の台詞をそのまま言うなど、プライバシーの侵害ではないのか。そう口を挟めば、柳先輩だってと言うから、目を見開き言った。


「俺のは、あくまでデータ収拾だ。その様なところまでは突っ込まない」
「……す、んません。でも、中川が自分で言ってたんで」
「…それで?」
「あ、はい」


なんでも、すっごいきらきらひた笑顔で、俺彼女居るんだよねって言われたらしく、え居らしたんですかって聞いたら、うんって笑顔。あ、その笑顔はめっちゃ綺麗だったらしいですよ。そんで、ごめんね告白してくれたのにって申し訳なさそうに言われたらしいっス、と赤也は言った。


「中川、彼女居たなら仕方ないけど、本当かって。あと、噂で聞いてた断り方と全然違うから、もしかしたら体調が悪いんじゃないかって」
「…精市に、か」


もしこれが本当なら相手を探し出さなければならない。なぜかって?勿論、好奇心だ。すると、


「それまじかよぃ?!」
「ぶんちゃんうるさかー」


そんな声がドア付近から聞こえてきた。丸井と仁王だ。そちらを向けば、丸井はだって幸村君に彼女だぜぃ、と激しく興奮した様に言い、赤也に近付き嘘だったら許さないとかなんとか言いはじめた。赤也は理不尽だとか訴えているが、まあ丸井相手では無理だろう。すると、すとんと俺の隣に腰を下ろした仁王が声をかけてきた。


「本当かの、幸村に彼女って」
「…さあな。俺も初耳だからな」
「……同い年に1票」
「では俺は年上に賭けよう」


ぎゃあぎゃあとはしゃぐ丸井と赤也を尻目になんで年上なんじゃと仁王がジャージに着替えながら聞いてくる。まあ、正直言って勘に近い。そのまま伝えれば、仁王は着替える手を止めてこちらを見てきた。


「なんだ?」
「…いや、参謀がそう言うちょる顔が見とうて」
「意外か?」
「……うーん、まあ、おん」


そんな風に会話しながらまだ騒がしくする丸井と赤也を見ていれば、本人が登場だ。


「フフ、二人とも煩いなあ。そんなに元気が有り余ってるなら特別に今からグラウンド50周させてあげる」
「ゆ、幸村君…」
「幸村部長…」
「え?70周がいいの?」
「50周走ってくるよぃ!ほら赤也行くぜぃ!」
「ちょ、丸井先輩待って下さいっス!」


楽しそうに笑いながら二人を見送った精市は、そのまま自分のロッカーの前に行き、着替え始めた。ジャージに着替え終えた仁王とアイコンタクトを一度取り、精市に話しかけた。


「精市、」
「ん?なんだい、蓮二」
「とある噂を聞いたのだが」
「噂?」
「ああ。気になってな。しかもそれを俺は知らなくて、先程赤也に教えてもらったばかりなんだ」


そう言えば、蓮二が知らないなんて珍しいねと驚いた様にブレザーをハンガーにかけながら精市は言った。


「どんな噂なの?興味あるな」


ふふ、と笑った精市に、俺は言った。


「幸村精市に、彼女が出来た。という噂だ」
「……………」


するり、と外していた精市のネクタイが床に落ちた。そして、ぎぎぎと音が立ちそうにロボット、いや油を挿していないブリキみたいに。精市はゆっくりと俺達の方を振り向いた。


「なんじゃ、本当みたいぜよ」
「……うわあ、どこから漏れた訳…」


その場に座り込んだ精市は顔を左手で覆い隠しており、その隠された顔は真っ赤だった。ほう。こんな顔をする精市は久しぶりだ。恋愛事情でこんな風になる精市だったのならば、初めてだ。俺はノートにペンを走らせた。


「…どこからって、幸村に昨日告白した中川っちゅー子が幸村から聞いたって赤也に言うたらしいぜよ?」
「………そういえば、言ったかもしれない」
「珍しいな。精市がそんなことを忘れる、または言ってしまうだなんて」


未だに顔が赤い精市は仁王からネクタイを受け取り、そのまま俺の向かい側に座った。だって、嬉しかったんだよ、と言う精市は珍しく年相応に見えた。俺が言うのもなんだが。
110720

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