すれ違ってまた | ナノ

▼by the way
男の人は、相変わらずの無表情で、この部屋はなん号室かと聞くから私は素直に307号室だと答えれば。やっぱりや、と呟いた。


「あなたは?この階なのは分かったんですが」
「俺、308号室なんや」
「隣やないですか!…えっと…じゃあ、財前、さん?」
「…なんで知っとるんお前」


え、そりゃ、お隣さんの名前ぐらいは。ポストの表札、隣だし。毎日見てれば、それぐらいは覚えるやろ。そう思ってお隣さんやから、ぐらいを言えば、そんなもん?と不思議そうに返された。…普通はそんなものや、ないでしょうか。



「それにしても、ビールないなんてな」
「…ビール好きなんですか?」
「いや?俺はビール飲むやったらチューハイ飲むわ」



そう言って赤ワインを飲んだ財前さん。…ていうか、この人酔ってて倒れてたんじやないのか?そう思って聞けば、財前さんはザルなんだそうだ。…せやら、なんで倒れてたんやろ?そう思っていれば、拗ねた様に財前さんは言った。



「後輩に随分前から頼まれとった研究資料、まとめんのに3日徹夜や」
「…うわ、なんかご愁傷様です」
「たぶん寝不足でばったん、と」


そう言って財前さんは、欠伸を一つ。時計を見れば、もう日にちが変わる少し前だ。私は明日は午後からだからええけど、財前さんはもう寝た方がええんじゃないんかな、と思いつつ、お茶を一口飲んだ。



「あの、財前さん」
「ん?」
「えと、明日は大丈夫なんですか?」
「…ああ、堪忍。女の部屋に男居るんは不安で眠れんよな」



え、別にそういう意味合いで言うたん違うんだけど。すると、財前さんはニヤリと悪戯っぽく笑った。


「生憎、女は好かん」
「え!じゃあ、男の人をっ」


そう言えば、ぱしんと勢いよく頭を叩かれた。財前さんを見上げれば、笑ってる。いや、目は笑うてない。私を見下ろして、目は笑うてなくて。


「…怖いです、財前さん」
「…ゲイとかやなくて、バイトで女相手しとるから。なんかなあ…殆んど同じに見えるで?」


そう言ってまたグラスを仰いだ財前さん。バイト?バイトで女の人相手にしとるって、どんなバイトやねん、それ。テレビはもう深夜のB級ドラマに変わっていて、日付はとうに変わっていた。


「…邪魔したな、もう帰るさかい」
「え、あ、はい」
「また、酒でも飲もうや。お前笑える」


相変わらずの無表情で言った財前さん。…お褒めにあずかり光栄です。そして、財布と携帯をポケットから出して確認を始めた財前さんの動きが止まった。


「…鍵がない」
「はい?」
「え、ちょ、どういうことやねん?」


このマンションの鍵は複製が難しい作りの鍵で、もし紛失したとしたら3ヶ月くらい待たないと新しい鍵は作れない。大家さんの持っている鍵は予備として大家さん管理なので、貸し出しは不可能。つまり、鍵をなくすと3ヶ月は部屋に入れないということだ。
そんな大切な鍵を財前さんは無くしたらしい。

鍵が見つからないとなった財前さんはすぐにバイト先の店長さんに電話をした。どうやら財前さん曰く、眠くて疲れて財布と携帯以外の荷物は全てロッカーの中に入れておいたままだとのこと。鍵は財布の中に入れてあるから、絶対落とさないはずなのに鍵が見つからない。どうやらお店に置きっぱの荷物の中にも無かったらしい。


「…すると、客か?」
「あのー、財前さん?」


不機嫌そうに顔を歪ませている財前さん。どうやら、こういうことらしい。

財前さんは、女の人を相手にする仕事をしていて、今日は早く上がった。たから財布と携帯のみを持った状態で。財布の中に入れているはずの部屋の鍵がない。よって、お客さんが盗んだか、的な。

まあ、私の想像やけど。
すると、財前さんはため息をつきながら、私に視線を寄越した。


「…明日、大家に鍵の発注頼むから、」


今日だけ、泊めてくれへんか。
そして、私はお互いにいい年の男女だと分かっているはずなのに、いいですよと頷いてしまうのだった。
111104
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