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地上に出ると、うっそうと茂る密林がミクの周りに広がっていた。
夜半の静けさの中に生き物の気配がする。
頃合いのよい岩段を見つけて丸まった。そこは枝葉は開けていて、月がよく見えた。
虫の声とどこかに潜む動物がミクをいやした。

「リリア……

ジェシー、ヨッシュ、……マンマ

…きょ…、さん」

役に立たないと思われたくない。煩わしいと思われるなんて死んでも嫌だ。
自身への戒めが自分の首を絞めている。
抱えている大きな秘密をそのまま身に秘めて、憧れの人の傍にいる。
ミクの決断は成熟していない子供の精神では、耐えきれない。
ミクはひんやりした岩肌を頬に感じつつ、目を閉じた。

とろとろと眠りにおちていく。
まっくらな穴に徐々に落ちて行く感覚を遠い意識で感じた。



誰かから名前を呼ばれた気がして、その場を飛び起きた。
辺りを見回すとなんてことはない、さわさわと風がざわめく音のみで、ミクは一人きりである。体は冷えていて、ミクは体を震わせた。さすがに部屋に戻ろうと、腰を上げた瞬間、バサバサと羽音が頭上から音がする。
ミクが感じた気配は気のせいではなかった。ピチクパチクぴいぴいぴい、ミクを目覚めさせた犯人は、黄色い毛だまりの形をしていて、頭上を旋回している。
小動物が興味本位で珍しく人間によって来た、のだと初めのうちはその毛だまりのぽてっとしたものが激しく羽を動かしているのを眺めていた。その黄色い、見覚えのあるフォルムの物が緑たなびく、並盛の、と達者に歌いだしたとき、はっと、泣いた後の頭痛を抱える頭が覚醒した。

「ヒ、ヒバー………、ド??!」

ミクは、ゆっくり腕を差し出した。足をかけやすいよう、すこし人差し指を前にした、いつも形にした手。
黄色い寸胴の小鳥は、また一回りした後に、ふわりと羽を広げ、ミクの人差し指に着地した。体を落ち着けた小鳥は、ピチク、パチクと囀りだした。

「ヒバード、あなた、どうしたの?
どこから外にでたの」

並盛中、風紀委員のアイドルだったヒバード。十年越しに、黄色いあの生物の姿があったことにミクは驚いた。
応接室で、雲雀も草壁も留守だった時、話し相手は、雲雀が教え込むおかげで人語が達者だった小さな小鳥だった。今目の前でぴちと小首を傾けたのは、子孫なのか、本人なのかはミクには判断がつかなかった。

「ヒバード…??」

ぴちぴちちゅるちゅる、ヒバードはミクの腕でタップを踏む。

「もしかして、一緒に抜けてきちゃったの?
きょ…、…ご主人様がきっと心配してるよ」

ミクが話しかけても、くりっとした目で、ミクを見つめるばかり。
ふと顔が緩む。久しぶりに自然に出た笑みだった。幼い顔に色濃く疲労の色が見える。
毎日気を張って、粗が出ないように、鉄の鎧を身にまとって。
何のために。




「え………?」

ミクは聞き返した。
目の前の、小さな小鳥が囀る。

「未来、未来未来」

ぴい、と一声。ヒバードはとと、と腕を伝って、ミクのほっぺたに身を摺り寄せた。ミクはさあっと血が引いて、小動物の親愛の行動に反応できずにいた。その間にも、意味のない囀りの間で、何度も同じ単度を発音した。同じ、若干十代で命を落とした、女の子の名前。

「………そう」

ヒバードはミクの指先が首を描くと、更に嬉しそうにふわふわの体毛を押し付けてくる。

「…そうなの、私、未来なんだよ…。
すごいでしょ……性懲りもなく、ここまで追いかけてきちゃった……」

動物に備わっている本能か直観か、何か不思議な力が働いてミクの本質的なものを見分けた?そんな馬鹿な。
ただ、この小さな目には、ミクの姿が映っている。

「ヒバード、おひさしぶり。あなたは相変わらず、一緒にいるんだね」

ぴい。

「私は、まだまだ遠くにいるみたいだよ……残念なことに」

大人びた口調が、小さな口から滑り出す。

「あーあ。私もあなたみたいに小さくて、可愛かったら、何も考えなくても、傍にいられたのかもね…いいなあ……」

「ねえ、教えてよ、ヒバード……」

「答えてよ、ヒバード……」

「ねえ………」






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