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「雲雀付き」の精鋭部隊は花形ポストであるが、前線に出ることは頻繁にない。日常には各々に別の仕事が割り当てられており、並行して別部隊に席を置く。よって、オールマイティな能力が期待されており、身体的に優れていても、頭が使えなければ二流と判断され格下げもありえた。
年端も行かない女児は、通常では体力も知識も成人男性と比べれば見劣りする。ミクが任されたのは、気まぐれな雲雀の小間使いである。
雲雀のために行動し、雲雀の時間に合わせる。


兎も角、ミクの生活は「雲雀付き」になって一変した。
雲雀が余暇を取ればその時間がミクの休みであり、スケジュールに無くとも雲雀の気が赴けばミクの業務が始動する。
利便性からミクの部屋は次の日から雲雀の生活圏内すぐの別室に移された。ミクは、雲雀と密に居られる場所を手に入れた代わりに、他とは切り離された生活が始まったのだ。


突然の出来た直属の部下の小さな身体、幼い容姿に難色をみせた草壁や、初めて顔合わせする部隊の男供嘲けりの視線に晒されながら、ミクは何も言わず事務的に仕事をこなした。義務を正すことにのみに心血を注ぎ、感情は表に出さない。
だが、ミクが完璧な態度を取る程、雲雀の機嫌は悪くなる。これではこの小さい生物を自分の近くに据えた意味が無い。自分に無様に縋りつく姿こそ雲雀は望んでいたのだ。

「ココ、違うよ」

雲雀はデスクに書類を投げる。
「申し訳ございません、Mr.ヒバリ」とぴょこりと頭を下げた。
揺れるツインテール。上がった顔は無表情。
雲雀の眉間のしわが増えた。

「何回も続くようだったら、辞めてもらうから」

「申し訳ございません」

「ねえ、ソレこないだも聞いたよ。
馬鹿のひとつ覚え?僕の言ってる事頭にちゃんと届いてる?」

「勿論です、Mr.」

「無能な奴は入らない。さっさと行って」

頭を下げ、ミクは執務室を出て行く。
一部始終を静観していた草壁は、二人きりになり、再び紙面に視線を戻す雲雀に提言した。

「恭さん、少し言葉を選ばれたほうがいいのでは…。相手は子供ですし……」

「また、それかい?」

「ですが」

「子供も大人もないよ。アレが望んだんだ。使えないならそれまででしょ」

ふんと鼻をよそに向けて、手に取ったカップに口を静かにつけた。





カツンカツンと小さな歩幅のブーツが硬質な床を叩く。それは、徐々に早くなり、やがて早足になった。ぼたぼたと流れる涙を振り払い、トイレに駆け込み施錠し、膝を抱える。一人きりの空間に閉じこもり、人の目がなくなるとミクは更にくしゃりとゆがんだ。止まらない涙が収まるまで、トイレの個室に膝を抱えて待つ。感情を一過性に洗い流し、また何事もなかったように仕事にもどる。仕事を目いっぱい覚え、やっと勝手がわかるようになり、一々訪ねることも少なくなった。
しかし、機械的な排泄作業で心をごまかしてきた子供の精神は限界に近付きつつあった。周囲の不理解を大人であるもう一人の自分の自己認識によって補完していた。それが薄らいだ今、幼いミク自身だけが残った。庇護を欲する不安な子供の心。
どんな正当性ははらもうと、雲雀の一言は、鋭い刃をもち、胸をえぐる。

そして、夜。
唐突に寂しさが込み上げたミクは、地下から外に抜け出す。セキュリティの抜け穴をこっそりミクに教えたのは前の隣人だった。


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