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『ふぅん、そんなに僕が好きなんだ』


『君を飼ってあげてもいいよ』






瞼を揺らし、やがて開けたぼやけた視界。

目に映ったのは日本家屋特有の梁の木目。

おぼろげに右の視界を動かすと水仙の成った庭先が見えた。
懐かしい木と土の匂いがする。
ミクが長年嗅いだ瓦解寸前の石の粉っぽさとも金属とコンクリートの無機質の匂いともちがった。
すっーーと、涙の筋が米神を伝う。
涙を我慢する涙腺の防波堤みたいな物があるとするならばミクのそれは壊れてしまったに違いない。

『ミク、我が主は何時も貴女の隣にいらっしゃるわ。
貴女は疑っているようだけど、
これだけは忘れないで。ミク、貴女は愛されているのよ』

自分の孤児と言う立場を一番に理解していたミクは自分の存在意義を唐突に傍のマンマに問うたのだった。
そう言ってミクの肩を抱き寄せた愛しいマンマの優しい声。手の温もり。

生まれてすぐ、ミクに人の体温の温かさを教えてくれたのは、優しいマンマの手だった。

初めて、かえりたいと強く願った。

ミクの事を熱心に慕ってくれた、泣き虫ジェシー。
お調子者だったが、お兄さん気質のヨッシュ。
寄せ集めだったが何時も満たされていない事から言ったら同胞だった孤児院の子供たち。
掲げられた十字に射すオレンジの陽光。厳粛な礼拝堂。厳かに響くソプラノの聖歌。
今思えば貧しい教会での暮らしもそんなに悪く無かった様に思う。不条理と不条理。物事とは表裏一体。


それに対して、ミクの中にある、もう一人。
しかし、今は純粋に信じられない。
ミクの短い生涯は良くも悪くも未完成な独りよがりのエゴイズムで形成された偏った何かに過ぎなかったと、気が付いてしまったからだ。

一つの恋に捧げた生きた、ミクの前世。

沢山を傷つけ、台無しにした。

その醜いものの為に、また同じように知らず知らずのうちに周りを傷つけるのだ。


所詮、自分の現状への逃避に恋心を利用しただけだったのかもしれない。
だから、ミクは遠くから見ているだけで十分だと言い訳のように繰り返し昔と今を比べるだけで満足したのだ。
純粋で頑なな思いは沢山の犠牲を伴っていた事。

未来であった時紡いだ大切な日々が雲雀には取るに足らないものだと認識するのが怖くて。





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