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辛抱強く雲雀の留守を忠実に守っていた草壁は雲雀の好みで作られた茶の間の襖に寄り掛かり正座をし、静かに目を閉じ微動打にしない。雲雀は和を愛し、どんなに金を掛けても見た目や雰囲気に拘った。この地下基地に不釣合いの茶室は雲雀がこよなく愛し、自分の私室で惰眠を貪るよりも人工の苔生した盆水や放流された淡水魚を眺める事に心の趣きを置いている。襖の向こうの小池に流れる水の音。鹿威しが奏でる心和やかな清廉な音。
静まり返る草壁の心にあるのは、悔恨。切っ掛けはボンゴレ十代目、沢田綱吉の先の通信だった。雲雀が怠惰な分ボンゴレ本部との連絡は主にNo.2である草壁が受け取っている。ボンゴレと財団はそれぞれ独立した機関であるが、雲雀はボンゴレの雲の守護者でもあり協力関係を結んでいる。
泣く子も黙るボンゴレのドンを務める沢田綱吉に、草壁は畏敬の念を抱いていた。この男は、何と言うか、何か特出している訳ではない、人の良い気の弱い性格は今も変わらない。しかし本人に一度対面すれば人を納得させてしまうような、不思議な掴めない男なのだ。空の守護者とはよく言ったものだと思う。モニター越しに泰然とドンの椅子に収まる沢田綱吉の側にはあの獄寺隼人の姿もあった。お久しぶりです、と眉を下げて控えめに挨拶され、面食らった。雲雀はまたボンゴレ本部への招集を無視した。多忙な沢田綱吉が態々直接草壁にこの場を設けたのはその事だろうと草壁は思った。

「俺じゃあ、雲雀さんは来てくれないみたいですね。相当嫌われちゃってるんだなあ」

「沢田さん、雲雀は面倒を嫌います。形だけの招集会議に自分が出る意味を見出せなかったのでしょう」

「手厳しいなぁ。其れにも一応、ちゃんとした意味が有るんですよ。ずっと書面だけのやり取りじゃあ、どんなに信頼している仲間でも距離が生まれる。不和の種が育ってしまう。生身の相手と会って話して初めて、関係性は成り立つと俺は思っていますから」

沢田には沢田なりの確固たる定義とルールが存在するのだ。しかし甘い考えだなと草壁は内心に其れを思った。人が人を裏切る事は其れが人の本質がでは無く最悪の、状況がさせるのだと信じている。

「…………未来さんが言ってくれたら、違ってたかも知れませんね」

草壁は二の句が告げられなかった。全く不意打ちに出された名前に息を止めてしまったからだ。

「え、すいません…
誤解しないで下さい、俺はただ大切だった人を無理に忘れようとするのは辞めようと思ったんです。未来さんは俺にとって憧れの人で、それはずっと変わらなくて」


何故今その名前なんだ。草壁には余りに痛く、苦しい名前だった。沢田綱吉はやはり優し過ぎる。何故態々瘡蓋を毟る様な真似をするのだろう。あの少女の死は多くの人間に大きな影を落とした。あの時から雲雀は、雲雀はーーーそして草壁も同様だった。今でも忘れない、死顔をただ某然と眺めていた雲雀の無色の横顔。何年経とうと。そして死の間際未来に最後に会ったのは、多分自分なのだ。未来は果敢で勇敢だった。寧ろ晴れ晴れとした笑顔で草壁に微笑んで見せた。しかし、次に見たのは、棺に横たわる、安らかな永久の眠りに付いた未来だったーーーー。






だが、

「哲、風呂に湯を張って。身体が冷たくなってきてる」

草壁は正座を崩し雲雀を出迎えるが、雲雀の横に抱えているもの、其れが問題だった。
その大荷物が人間の子供である様だと直ぐわかる。包まっている雲雀のスーツ思しき濡れた包装から伸びた膝。投げたされた手。泥に濡れた膝小僧、ブーツがゆらゆら揺れていた。

「きょ、恭さん、それは…どうしたんですか」

「拾った」

「拾った、って……」

気を失っている様で硬く目を閉じて降り、すぶぬれの体は小刻みに震えていた。慌てて取りに戻ったタオルで上半身を拭く。泥が取れて、張り付いていた黒髪を払うと見覚えのある人物になる。

「リトル、ラビット……!」

「へぇ、本当に兎って名前だっただったんだ。
一晩雨に打たれてたみたいだから、衰弱しちゃってる。大事ないと思うけど、一応医者とね。布団と、着替え、用意して」

「きょ、恭さん!!」

雷雨の殊更酷かった日、沢田綱吉によって懐かしくも痛い記憶を、呼び覚まされた時、雲雀は1人の女児を『拾って』来た。雲雀にとっては雲雀お気に入りのヒバードやハリネズミのいたいけな動物を拾うのと何ら変わりは無かったのだろうが、人間の子供は初めてだ。事情は後で聞いておくとして、草壁は小さな体を温めるべく行動を開始した。




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