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だから、思った。
これは夢であると。美しく切れ上がった目が冷やかに視線を落としている。
全身寒気がするほどだ。

「きょ………、なんで」

ふう、と傍らの動かない塊を足にして言った。

「なんでって、言われても、君」

漆黒のスーツに身を包み、闇に溶け込んだ肉食獣が眉根を潜める。

「君が僕を呼んだんだろう?」

「よ、ん…だ?」

「…君、覚えがあるよ。内の部隊の子供だよね。
戦い方が面白かったから良く憶えてるよ」

目をまん丸に見開く。覚えられていたなんで全くの想定外だったから。雲雀は興味のないものは全部記憶と心から綺麗さっぱり排除する。時に残酷なほど。
毎週恒例の朝礼以外に雲雀の姿を見る事はなく、その逆もしかり。生活空間、行動範囲が違うのでミクには面通りも叶わない。
だから、せめて役にたてるならと百獣の王に未熟な身体で少しでも献身しようと生傷さえ厭わなかった。
雲雀は何やら汚らしい転がした死体を見聞して、ふうん、と得心した。

「容赦ないね。心臓を迷いなく一突きだ。
ねぇ、どんな気分だい?人ひとり殺すっていう感触は」

言葉にビクリと身体を震わせた。
身体の震えが止まらない。遠い記憶の感覚と今の実感が混ざり合って。
しかし、雲雀は全くいに返さず、泥だらけの私に悠々距離を詰めて、屈み込みいった。手が頭の房の片方に触れる。

「草壁も君の事、何ていってたっけな。…なんだっけ。まあいいや。
前も思ったけど、君って本当にうさぎ見たい。身体が震えてるのは、僕に怯えてるの?それとも、コイツが怖かったの?」

「死にたく、なかった……」

「へぇ、君は殺されそうになったら殺すんだ。答えとしては、単純明快で嫌いじゃないよ、どちらにしろ弱いのが悪い。弱い者は強い強者に駆逐される。それだけ」

そうだ、力が無かったから未来と言う人間の肉体は儚く散っていったのだ。だから執拗にミクは幼い体に鞭打って戦闘技術の向上に務めた。死に際の記憶が、ミクの心に克明に蘇った。恋とは遠くで眺めて満足する、観賞用の綺麗な飾り細工では無かった。
楽しい思い出ばかりを選んで見ていたのは無意識の自制だったのだ。

もう一度会いたかったから、死にたくなかった。死にたくなかったから、人を殺した。

イコールを繋ぐだけの単純な方程式を解くのに随分と時間が掛かったものだ。自己のミクの本質が未来重なり合った瞬間。
ほとほと流れた涙が月夜に煌めき、ミクはたどたどしい足取りで雲雀にたどり着き、躊躇なく力強い胴体にすがった。
驚いた事に雲雀はあえて逆らわずに後ろに尻餅を付いた。それをいい事にミクはほっぺたを柔らかい布へすり付ける。
グズクズと鼻水まで出で来る。


「……痛いんだけど」


「好きです、あなたの事が好きです、好きです!」


『私、恭弥さんが、好き。

大好きなんです』

いつかの言葉。

ミクは恐かったのだ。記憶から垣間見た恋と言う強烈な感情の恐ろしさに。

この機会を逃したら、もう届く時など無いかもしれない。

本当は遠くから見守れればいい、なんて嘘だった。少しでも、役に立てれば、なんて。考えない様にしていただけで、

例え、手を血に染めようとも。



これ程あなたに私は会いたかった。
私に気付いて欲しかった。

もう、離れたくない。見ているだけなんて、もうたくさんだ。





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