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腕が小さな体躯を捉えようと振われる。

素早く屈み、ばねの様に足を跳躍させ、未来は懐に潜り込み、一陣の風を引き起こした。

変幻自在に、敵の間を跳ね、飛び、踊る。


その身軽さ、さながら遊び戯れるリトルラビット(小さな兎)。








「らしいわよ、噂では」


「ふうん、あ、その最後の白パン食べてもいい?」


リリアは無関心にバケットに手を伸ばす私に両肘に顎を乗せて呆れたように見た。
『リトルラビット』――外から付けられた私の二つ名。

小さな、は言葉通り、ラビットと言うのは私が自重の軽さを使って間を縫うように飛び回り、距離を詰めて相手を攻撃する先頭スタイルからくる由来らしい。
振う私の愛用の二本のスティレットはいつも腰に携えている。軽く擦傷能力の高いそれは、力の弱い自分の一撃に重さを与える。



リリアは自室も近く、ほぼ男で占められる居住空間に仕事場にとなると直ぐに打ち解けた。
こうして一緒に朝食を取るが、リリアは情報やデータを扱うパソコンの前でキーボードを叩いているのが主で、自称情報収集では相当のやり手。
私は希望通りの戦闘要員、中でも抗争などが起こった時の最前線に送られる新鋭たちの部隊に配属された。よわい十余歳の女子が他に居るはずもなく、がたいの大きい血の気の多い男たちの中で小さくやせっぽちの体は傍から見れば奇異に映るのだろう。色眼鏡で見てくることも多い。

まだ温かい白パンを小さく千切って、口に放り込んだ。もさもさと咀嚼しながら頬に貯めるのでリスのように頬が膨らむ。
リリアはみっともないと嫌な顔をした。


「やあねえ、落ち着いて食べなさいよ」


「んん、ごめん。ナカナカ癖が治らないんだよね、とりあえず早く食べなきゃっていう」


「貧乏くさいったら、もう」


早く口に詰め込んで次に次にと自分を主張していかないと教会では自分の分は何時の間に他人の胃袋の中で、その夜はくいっぱぐれる、なんてざらだった。
兎に角、お腹を空かせた子供たちでは食事は戦争だった。消化に悪いとか行儀とかを気にする余裕もなかったのでまず出されたものは直ぐに腹の中に納めなければという卑しい強迫観念が骨の髄まで染みついていた。
貧乏性、とはちょっと違うのかな?

ちょいと身の上話になると、意外なことにこの煌びやかなブロンドの持ち主リリアも孤児院出身で、よい教師に巡り会わなかったらしく寄付金を着服する、相当悪辣な環境の施設だったという。生きるためには何でもやったわ、と語るリリアには、パイを切り分けるナイフやフォークの所作も様になっていて自分と同じようにお下がりの服を着て穴の開いた靴下を繕う、なんて姿は想像できない。


「アンタこそ本当に十歳?年齢詐称してるんじゃないんでしょうね」

そういった私には逆の疑惑が返された。

「だって私の知ってる糞ガキどもとは全然違うんだもの」

負けずリリアは口を突き出していった。

「落ち着きっていうの?なんだか達観しすぎてるのよね。子供っぽくない」

数週間一緒に居ただけで私の本質を看破され、リリアの観察眼には舌を巻いた。

十歳を数えるのが二回目で思い出の多さが精神年齢と比例するなら、たぶん目の前の美女よりも年上の計算になる。

リリアの私の扱いは友達のそれだ。私たちはすっかりマブダチだ。



「ほらほら、動かないの。まだ終わってないんだから、しゃんとして」

朝から、私の髪を弄来るのを日課にするリリアは、食事を済ませるとブラシを片手にグラグラ揺れる頭を固定して言った。十歳は一時でも落ち着いていられない。

「良いよ、別に結ばなくても。別に、髪綺麗にしてもしょうがないし」

「ダメよ。女は髪に気を使わなくちゃ。
それに、ミクの髪は綺麗なんだから、もったいないじゃないの。」

さあて、今日はどんな髪型にしようかなと鼻歌交じりに大きい化粧箱を漁るリリアは生き生きしている。ただ自分が楽しんでいるだけじゃないか、と思った。
私は慌ただしい早朝に時間だけがとても気になる。特に一週間のうちこの週明けは。

「まだ三十分以上余裕があるじゃないの。いつも朝礼の朝は落ち着きがないわよね。
何かあるの?」

誰かの学校大好きが反映されて、風紀委員には月曜の朝礼が存在する。
初めての集会では広いホールに何千人もの人間が等間隔で列を成しているのには圧巻された。風紀委員には規範として様々な決まり事があるが、朝礼は余程のことがない限り欠席を許されない。財団に対しての敬意と服従を示す場でもあるのだ。

じっとしているのは何故だか耐えられず、足をばたばた動かした。
渡された手鏡には綺麗に対称なツインテールが出来上がっていた。赤いリボンがアクセントで黒い制服にはえてチャーミングだ。ぴょんと立ち上がって元気良くお礼を言うと、

「そうしてると本当に兎みたい」

ツインテールがウサギの耳宜しく一緒に跳ねる。






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