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手の主が捲し立てている間にも体を暴れさせていると、耳元で大人しくしとけ、とキツイ口調で諌められたので取り敢えずは大人しくする事にした。持ち運ぶ要領で私はそこから運び出された。
「お前、思いのほか口悪いな……」
「なんで、余計な事したのよ。アイツを一発殴ってやろうと思ったのに!」
「落ち着け、落ち着け!何があったっていうんだ」
「私の友達がアイツに!泣かされてるの!女の子の泣き顔見てあの人でなし笑ってたの!これが許せると思う?」
困ったなと頭を掻くひょろっぽい男の子は年上の顔で、見覚えがあった。あの子分の中の下っ端で、名前は確か、ジョシュアと言った。
ジョシュアはどうどうと私を宥めながら困り顔で言った。
「悪い事は言わないから、デレク、アイツには絡まない方が良いぜ。わかるだろ?」
「何が?」
「ここで生きて行くコツさ。アイツはここのボスだ、逆らったら次のターゲットはお前だぞ」
デレクの使いっぱしりとしか認識してなかったが、諾諾と従っている他の子分とは違いそれはジョシュアの不本意である事らしい。お人好しなのか、私を心配しての行動だったと分かって、沸騰していた頭の血が覚めて来た。
「ジョシュア、親切に感謝する。けど、嫌な奴に黙って従ってるの?」
名前を呼ぶと俺の名前、知ってたんだと癖のある髪を指でくるくるさせて照れくさそうにしていた。
何が引き金になるとは限らない。日々継ぎ足されていた水盤から遂に水が溢れだす様に、其れは突然やって来た。何かの蓋が外れて、私の中に強烈で濃厚なものが流れ込んで来る。初めての自分に温かな血が通っているという実感。耳の傍で血流が波打ち、全身に其れを浸透させていく。
『なに、僕の名前、知ってるんだ』
「え……」
知らない声。でも泣きたくなる様な懐かしい響きが直接脳に響いて来た。それが最初。
『これは、君の為に行ってあげてるんだよ。僕と来て何に成るの?君のご両親にはどう説明するつもりだい?』
『いや、絶対に嫌だよ。誰がなんと言おうと絶対に付いてく。だって、私は―――さんの』
麻痺していたあらゆる感情がこんこんと湧いてきて、最後には猛烈な寂しさだけが残った。
突然何の脈策もなくほろほろと涙を零し始めた私。ぎょっとしたジョシュアの困り顔が曇って滲む。
会いたい、一目でいいから。
会いたい。
そして、今度はずっとずっと、離れない。
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