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産声を上げこの世に生まれおちたまっさらな嬰児はその前の生の記憶を持っていると言う。
それは新しい記憶が上塗りされていくにつれて忘れて、次の生を生きる。
しかし、時々感じる既見感は年を重ねるごとに色濃くなっていた。その度に、この映像はなんだろう。それは、幸福な夢みたいで有りながら確かに見覚えが有った。
自分はどうやら変わっているらしい。口が聞けるようになり、倣った事もない異国の言葉の記憶領域を披露した時の両親の驚愕の顔。家は最下層のぼろ屋で、母親も何処の人種をミックスした出身不定の顔立ち。母親は滑らかな金髪で有ったのにもかかわらず、私は直毛の黒い髪。
彼らにとっての宇宙人語を口走る気味の悪い子供は食いぶちを減らすために一年とたたないうちに教会の前で捨てられた。らしい、と言うのは生みの親の顔も良く覚えていないのだ。それなのに妙な記憶だけは色濃く私に刻まれて私の静かな日常を阻害する。ぼんやりと現実と夢を彷徨っていた。感情の起伏の少ない、覚め過ぎた子供。幸か不幸か、その孤児院は私を飢えさせる事もなく、平等に子供に愛情を注いでくれた。
母親の代わりに愛情を注いでくれたマンマには感謝しているが、そこでのお祈りの時間は尻の座らない心地がした。何故、居もしない神様を皆有り難がるのだろう。敬虔なクリスチャンは神のお言葉に涙すら流す。
そこで熱心に祈りを捧げる(捧げさせられる)子供たちは神が自分たちに美味しい食べ物を恵んでくれたりなどしないと身をもって知っていて、孤児院での小さな社会で少ない洋服やお人形、場所さえも取りあった。繰り広げられる縄張り争いを冷めた目で静観していた。
同じく炙れ者だった、唯一アメリカ系の一つ年下の女の子とは一緒に味の薄い給食を一緒に食べている友達。ジェシカという簡素な名前の女の子だった。泣き虫で、ドンくさくて、勉強も出来ないので何時もガキ大将グループのからかいの的になっていた。

「ジェシー、泣いちゃ駄目だよ、泣くと余計に面白がるんだから」

「うん……」

頷くが、しゃくり上げ顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにするジェシカの涙は止まらない。

「ごめんね、ミク。もういいよ、授業に遅れちゃうから先に行って。
ミクまでママンに怒られちゃうよ」

「そんなの何時もの事だもの。ほら、これで鼻ふいて。そしたら保健室でシャワーを借りよう。ずっとそのままだったら風邪ひいちゃうから、ね?」

ずぶ濡れの小さな体を抱いてあげて、背中を摩るとようやく小さく頷いてくれた。生ぬるい水分がお下がりされ過ぎてクタクタのブラウスに染みてくるのを感じながら、私は久々の胸の内に燃える怒りの炎の熱を感じる。幾らなんでもやり過ぎだ。
先生に事情を話し、温かいお湯で体を温めてさせてから倉庫から新しめの女児服をちょろまかして私の大切にしている花柄のブランケットを貸してあげた。唐草色に赤い花が右下に大きく咲いている。それをジェシカも知っていたからとても嬉しそうだった。
部屋に送り届けた事で丁度終業チャイムが夕方のお祈りの時間を知らせている。
私はそれに逆らって二階端にある教室へ向かった。下級生クラスの中では体の大きいデレクが子分を侍らせて大口で笑っている。どうせ、教師の悪口とか下らない事だろう。

「ねえ、ちょっと」

その男の子たちの視線が一斉に此方を向いた。
私が自分から話しかけて来たことに面食らっているようだった。多分、同じクラスでも個人的に話すのは初めてだ。しかし直ぐにやせっぽちの女一人に侮りの目に成った。

「なんだよ?」

「ずっと我慢してたけど、もう我慢の限界。いい、女の子をよってたかって、あなた達って本当に最低のゲスやろう……」

罵りの途中で後ろから口を塞がれて目が点に成る。

「わーわーわー、マジすみませんー!コイツには良く言って聞かせますんで、ほら、小さいから立場が良く分かってないんですよ!」




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