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「十代目、おはようごさいます!今日もお日柄もよく……」


そこに場違いに弾んだ男の声が一つ。
十年変わらず愛する十代目へ朝のご挨拶をと髪色と同色のグレーのスーツ、黒のストライプのシャツに身を包んだ獄寺隼人が現れた。

陽気な声色も天敵である雲雀の後姿を見つけると、げ、と軽やかだった足取りを一旦止める。雲雀のいけすかない横顔に直ぐに先日十代目が頭を抱えていた悩みの種の現況がこの男であると直ぐ様思い出した。


「おい、てめえ、雲雀!よくも俺が折角掴んだ糸を………このクソ野郎!!十代目の手を煩わせやがって!」


眉間に何重にも皺をよせ凄む獄寺のシャツの襟元の掴む手を払いのける。目の前の喧嘩より耐えがたい睡魔が勝ったのか、雲雀は怒るる獄寺を鼻で笑い「眠い、寝る」と言って獄寺の横をすり抜けて行ってしまった。

右腕とボスは颯爽とした後ろ姿に腕を組んで仲良く大きなため息だ。


「相変わらず、マイペースな奴だぜ」


気に入らない野郎の背中を見送り、獄寺隼人はけっと吐き捨てる。


「雲雀のヤツ、年々人嫌いに拍車が掛かってないっすか?招集にも殆ど顔を見せないですし、顔見るのも半年ぶりぐらいっすよ。
でも、流石十代目っす、雲雀も十代目には顔を見せるんですね!!」

「俺だって似たようなものだよ」


何を取っても憧憬に変換してしまう獄寺はこの十余年の年月にもちっとも変わらない。ツナは思わず苦笑した。
変わったとしたら、とツナは黄色いシミの入った天井を見上げる。

このボンゴレと言う大きな組織の重圧を背負って、自分は逃げなくなった。一緒に背負ってくれる仲間も増えた。守る者も増えた。何のしがらみもなく、気楽な学校生活は時々懐かしく感じる事は有るけれど、自分が通過してきた出来ごと、沢山の出会い、別れ、その年月を後悔をした事は一度もない。
だが、雲雀との心の距離を感じる度に何故か隣に居たあの頑なな心をいとも簡単に溶かす少女の存在を嫌でも思い出してしまう。雲雀は忘れられたのだろうか、あの優しいだけの存在が、いとも簡単に黒く塗りつぶされた絶望を。


「時々、未来さんが居てくれたらなあって思うよ……」

「それはまた、………懐かしい名前ですね……」


何年かぶりに聞くその名前に驚くが、獄寺はすっと目を伏せた。
誰もその名前を口にしようとせず、朽ちて忘れ去られたその名前。
異性からの人気も其れなりに高く、相手には困らない筈であったのに、邪険にする雲雀の後ろを「恭弥さん恭弥さん」と慕って追いかけていた後ろ姿。驚くべき事に風紀委員長も満更でもなさそうで、見せる表情は柔らかく、年相応な物だった。
勿論その子は一二にもなく雲雀をこの地まで追いかけて来た。


「最近、思うんだ。まるで腫れものみたいにして避けて、未来さんに悪い事をしてたなあ、ってさ。
本当は、未来さんを知ってた俺達が、時々こうやって思い出話して思い出してもらえた方が、未来さんも嬉しかったんじゃないのかな。
駄目だな俺……たくさんの仲間の死を経験してやっとそう思えたよ」

「十代目……」


一緒に居ると笑顔になれる、ささやかな野の花の様な素朴な女の子だった。
口数が減り、一時は部屋に籠りきりだった雲雀。
十年の月日は荒れていた雲雀が立ち直るのに十分な時間だった。
良かったと思う一方で、ツナは少し寂しかった。

生きていた人間が過去になっていく。この職業でいちいち死を悼んで心痛ませていたら、やっていけないことも重々承知している。
だが、常識のマヒしていく自分が、痛みに鈍くなる心が、ツナは少し怖い。



『沢田君は優しいから、逆に自分が傷つく方を選んじゃうんだよね』



「未来さん、俺は優しくなんてないですよ」


能天気だった学生の日々の、今は其れが恋しい。

一日が過ぎようとしていた。

彼女が今の自分を見て如何思うだろう。立派になったねとただ笑ってくれたらいい。






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