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表通りの晴れやかさとは打って変わって此処は日陰のじめじめとした暗い場所だった。
一歩道をそれれば、無上な有様がただただ横たわっている。
段ボールで暖を取って死んでいるのか寝ているだけなのか分からないほど異臭を放つ浮浪者らしき物体はそこかしこに芋虫のように転がっていてた。
ふらふらと迷い込んだ私は蝿のたかるゴミ箱を熱心に漁る男と目が有った。にやあと黄色い歯をむき出しにして笑い、背筋がぞっとした。怯えた私に満足して男は闇に消えた。少し奥まった場所でうなだれた様に座るのは力の弱い痩せた子供だ。親の居ない、食うにも困っている子供。体を揺すって、ひと固まりに集まっていた。

その中に私が追いかけていたその一際痩せた体をやっと見つける事が出来た。
相手も私を見止めて、今度は逃げずに私をじっと見る。

「あの………」

何かをしたくて、此処まで追いかけて来た筈だった。
しかし何もいうべき言葉を私はもたない。私は何も出来ない。
コートのポケットを探ると飴玉が一つ、前に残して置いた最後の一粒だ、がコロンと私の手に乗っていた。
差し出すと、その子は手を伸ばし、誰にも取られない様に両手で大事そうに持って私から逃げ去って行ってしまった。誰も取らないと言うのに。後に残った彼らが私を熱心な目で見つめよって来る。何かくれると勘違いしたようだ、何も無いよと言っても聞く耳を持たない彼らは私のコートの裾を熱心に引っ張る。私は困った。


「君、大丈夫?」
そこに突然割り込んできた極普通っぽそうな身なりの男の手。子供たちは蜘蛛の子を散らしたように消えた。私の肩を抱いて前に促し、言う。

「こんな所に迷い込んできちゃ、いけないよ。親御さんは?」
「……………」

馴れ馴れしく背中を滑る手が気持ち悪い。

「もしかして、帰れないのかい?」

黙ったままの私に満足そうに頷いた。下卑た笑いを浮かべる中年に一番に身の危険を感じる。

「温かいベッドと美味しいごちそうを用意しよう。
君は僕の言うとおりにしてさえいればいいんだからね」

逃げなきゃ。痛いぐらいに肩を掴まれている。
指でズボン越しに硬質の護身用の存在を確かめる、が、

「な、なんだお前は?!」


私を庇うようにして、男の間に陰が割って入って来た。
庇う、と言うには心許なくそれは私の胸の辺りぐらいの背丈しかない小さな男の子だった。

男が狼狽しつ上擦った声を出す。

「な、な、」

「引け。」

ひいっと情けない悲鳴を上げて一目散に男は逃げて言った。大の大人がちっちゃい子の怒声にびびって逃げて行ったのだ。

今は使われていない倉庫に連れられるままに足を踏み入れ、埃臭く空気が悪いそこは、樽の木材がバラバラに散乱して歩きにくい。割れたビンを跨ぐようにしながら、先に行く少年は私の右手を握ったままだ。

「本当に御せない娘ですね」

やっと合わせた目が笑ってるのに笑っていない。怖い顔で凄む奇妙な敬語の男の子は改めてみると相当均整がとれた整ったものだった。何だか作りものじみてる。
「あ、君」

見覚えがあった。イエル、の友達だ。しかし、前の和やかさはない。

「おおよそ自棄でも起こしましたか?こちらとしてはうろちょろとされると困るんですが」

だいたい「娘」て、自分の方がずっと小さいじゃないか。変な畏まった話かただし。私の不審の目には取り合わずずいぶんな上から言葉だ。
ムッとしたけど、何故かの違和感に目を細める。

此処なら安全ですと背後の煤けた石壁に斜に構えた感じで体を預けて寛ぎ始めた。その前に立ち尽くす私をじろりとねめつける。

「どんな事情があるかは知りませんが、これに懲りたら、二度とこの界隈には近づかない事ですね。あの通りは立ちん坊の集まりです、女児は人気が有りますから」
「?なにそれ」
「孤児が自分自身を売りに出しているんですよ。そうやって、今日の寝床と食べ物を得る」

言葉を失う私に男子はそんな事も知らないのかと呆れた顔をして肩を竦めた。
今さらながら自分の身に起ころうとしていた事態が飲み込めた。

また、助、け、ら、れ、た、のだ。

どうして私が転ぼうとした先には測った様に掬いの手が差し出されているのか。まるで誰かが、私の行き先を軌道修正しているみたいだ。


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