3


ディーノさんはええ格好しいだし、意味わかんない所で自信満々。
朝はどんなに起しても起きないし、隙あらば仕事さぼって私の所に遊びに来るし、直ぐ拗ねるし、ごねるし、今もこんなだし。
その度に宥めて、励まして、ベタベタ触って来るのを私は仕方なく、がまんしたり。

もう少しこの人との付き合いを考えた方が良いのかもしれないと思った。

「てか、放して下さいー、コーヒー折角入れたのに覚めちゃいますよ」

「い〜じゃねえか。もう少し、もう限界、」

「寝るなら部屋で!こんな所で寝たら体は休まりませんよ」

無理やりに腕を引き離す。
しぶしぶと言った感じでディーノさんは少しさめたコーヒーのカップを取った。

「つれねえーの。もっと、優しくしてくれたって、なあ」

なあ、じゃねえよ。

「……はい、お砂糖、ミルク」

「さっきより顔色良くなりましたね。よかったよかった、死にそうな顔してましたからね」

「なあ、」

ふと思い付いたように私に振られた話題はやっぱり支離滅裂で問いの意味に何秒かブランクが必要だ。

「新しい家族出来たら勿論ユイも嬉しいよな!」

「…え?あ、はい…」

そうだよな!と肩を揺さ振り意図の見えない問いをされ私は困惑する。
反射的にこくこく頷くとほ、とディーノさんは安堵のため息をつく。

「は〜、実はロマーリオには暫く黙ってろて言われてたんだけどな、やっぱり隠し事は嫌いだ。
そんな奴じゃねぇって言ってんのに」

「あの、話が見えないんですけど」

「悪い悪い。
お前に、紹介したいヤツがいるんだ」

何時になく真剣な顔で、私はぱちぱち、ぱちと瞬きを数回。
変化は突然。いつまでもずっと同じ、なんてそんな現実、あるわけないって知っていたはずなのに。
二人きりの世界に、唐突に現れた私以外の第三者。
それは、驚きと些かの戸惑いを持って。

窓の隙間から生温い風が私の額を舐める。

窓際に頬杖を付いて、星の見えない薄雲が掛かる月夜の空を何をするでもなく眺めていた。

照れくさそうな男前の隣に、女性の控えめな笑みが在った。
綺麗な服を来て、爪の先まで磨きあげられて、香水のいいにおい。髪は鮮やかな金髪。綺麗な大人の女性。
異常なまでの羞恥心が頭まで登って。何でか凄く自分という存在が恥ずかしくなって。

辛くて辛くて、悲痛に歪められた、顔。見棄てないでくれと私に縋った。
私は、この人の為なら何でも、どんな事でも出来ると思った。

あれから、ディーノさんの心は軽くなったのだろうか。
彼女を好きだと、言っていた。すごく、幸せそうだった。

人を好きになる。周りが見えて初めて気付く事だ。
あの寂しがり屋はもう、自分が一人ぼっちだなんて悲しい気持ちは味わわずに済んでるってことだ。そしてこれからも。

よかった。
本当によかった。

目頭が熱くなって、白い天井を見上げる。
ずっと心に引っかかっていたのだ。

「うん、よかったんだよ」

自分の景気付けに誰もいない部屋で嫌に元気に声を飛ばした。

棚の下の引き戸を開けて、赤い液体の詰まった瓶を数本取り出した。
適当にガラスコップを持って来て、ビンのコルクはナイフで引っ掛けて引っこ抜く。

芳醇な香りが医務室を満たした。





「これは、説明はまともに出来そうにないですね」

「おかえりなさい、アレクさん〜〜」

ぐにゃっと唇が溶けるのが分かる。アレクさんの眉間のしわが可笑しい。
なーんでそんなにいやそうなかおするかなあ。アレクさんにしなだれかかった。

「あなた、アルコール臭いですよ。神聖な医療の場をなんだと、あなた一人で2本も開けたんですか」

ぐにゃぐにゃになって絡みつくと無表情が嫌そうに顔を背けられる。楽しくなってきた。

「え〜〜、一緒にアレクさんも一緒に飲みましょうよ〜〜今日はおめでたいお祝いの日なんですよ?」

「もう、止めなさい。あなたお酒は二十歳からだって拘っていた癖に、なぜこんな」

ワインをひったくられた。渡された水をしぶしぶ飲んで、とつとつと話す。ろれつが回らない。舌が痺れて、如何でもいい事が駄々漏れる。
話の途中で、ふんわりと良く分からない塊に体が包まれた。安心する消毒液の鼻につくにおい。

「もう止めなさい体に毒ですから、この酔っ払い」

「わたし酔ってないですよ〜ちょっとふらふらするだけ〜」

「あなたには同情しますよ。
童話の主役はハッピーエンドでも。では、叶わない思いは、何処に行くのでしょうね」

私は、かわいそうなのか。いやに丁重な態度に哀れまれてる気がして、酔っている私は不服でしょうがなかった。
淡く、呼び名もなかった物は私の手の中から擦り抜けてしまった。

もう、本当にそこに合ったのかも良く思い出せない。




[ 70/114 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -