2
だから、私はスクアーロさんが少し苦手だ。
スクアーロさんは自分のテリトリーに堅気の小娘が紛れ込んでるのが嫌なのか単に私が嫌いなのか、私のなすことに過干渉だ。
自分の身が可愛いならやめとけとか、毒牙にかかるとか、関わるのは止めろとか。ドスの聞いた怒鳴り声に体が萎縮してしまう。
今も、残った私ににらみを利かせて、私を威圧する。だから、私も一挙一動に気を遣わなくてはならない。今は空気を軟化させるルッスーリアさんやマーモンちゃんもいない。彼らは自由人で、お客が来たからと言って自分の時間を使ったりはしない。
重ねられる食器がかちゃかちゃと音を立てる。
歯がゆい気持ち。
スクアーロさんが嫌な顔も当然だった。
スクアーロさんが懸念しているのは、キャバッローネとの関係がこのヒミツによって険悪になってしまうことだ。
でも、相応に立場を自覚させざるを得ない囲いから飛びたして、自由に慣れたから。
私のひそかな秘密が、私の凝った自己否定を少し軟化させてくれている気がしたから。
また、沈黙。
なんで上手く行かないんだろう。
機嫌を損ねたらとこんな時にも打算がストップを掛ける。
嫌われたくない。私の事を誰も嫌わないで欲しいと思う。
今は特に。
「オカマにはへらへら直ぐに懐きやがった癖に」
破裂しそうな空気に不意に針を入れ、スッとテーブル越しに長い腕が伸びる。
「泣くんじゃねぇ、鬱陶しい」
いつの間にか、泣いていたらしい。ストレスでも溜まっていたのかな、可笑しいな、私はこんなに「幸せ」なのに。
そんなにオレが気にイラねぇかよ。そう吐き捨て、レザー生地が一瞬頬を擦って離れて行った。
と、私の視界に、突然ぽんと黒い物体が飛び込んできた。
膝の上に重い角が鈍い痛みをもたらす。
スカート越しに太ももを撫でながら取り上げたその丸い楕円形のモノは
折りたたみ式のナイフ。
苛立ちの籠った三白眼と目が合う。
「持っとけ。
……気休めにしかならねえだろうがなあ」
ぽかんと。
アホ面を引っ提げて目付きの悪い男を凝視してから、固くて冷たい金属を恐る恐る眺めた。
持ち手が木製で、大きさの割に重量感が有る。
「え、え」
言葉もない。
全く予想外だ。
自分が身を守るために武器をもつ。
発想は不思議と出て来なかった。
考えたくなかった。
まさか、私の事歓迎してない態度ありありのこの男にこんな高価そうなものを貰うなど。
「要らねえなら質に売って小金にでもしろ、俺にとっては唯のガラクタだ」
混乱と湧きあがる高揚感で一杯で。
私は其れを受け取る事にした。
握り込む柄の所にボタンが有って、刃が飛び出す仕組みになっている。
覗いた刃渡り十センチほどの白刃。
怪しい光が私の中の倒錯的で甘いものを揺さぶる。とんでもない物を手にしてしまったという手の中の存在に対しての気後れ。
甘いお菓子でもなく、高価な装飾品や衣服などでは無い、この煌めきこそ彼から貰う物の中で一番価値の有る様な物に思えたのだ。
「スクアーロさんって」
ふて腐れたようにそっぽを向いている。
これ以上を何も聞くな言うなと起ったポーズ。
ふて腐れ。
何も知らないくせに。
とっておきの宝物を自分だけが見つけた気分で嬉しくなった。
この巡り合わせの奇跡に。
何故かまた泣きたくなってしまった。
同時にこれが現実なんだ、と思った。
本当に欲しかった言葉は貰えなかった。
でも、心を少しずつ癒してくれる物は確かに私の傍に。見えないけれど転がっている。
痛すぎる。こんなのってあんまりじゃないか。
身も世もなく、今私を許してくれる人に縋りつくしかなかった。
勿論直ぐにドス声の叱責が頭の上から飛んできたが、私の異変に気がつくと直ぐに収まった。
「スクアーロさん、スクアーロさん、ありがとう、ございます…」
ああ、と静かに相槌を打ちながら、ずっと私の背中を宥めてくれていた。
ああ。
私の葛藤は、全てばれてしまっているんだ、この人に。
[ 67/114 ][*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]