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「え〜〜、やだあ。そんなのただの噂でしょ〜」

「それがね。私、見ちゃったのよ、ご当主の部屋にあの子が入って行くトコロ〜」

「うそ〜〜〜!!

やっぱり、そういう事だったのね〜〜だって唯の居候にしては、あの子、いつもご当主にベッタリじゃない?でも、あの子なのかしらね?ジャッポーネがそんなに珍しかったのかしら。毛色が違うから?
まあ、愛想が良いのは認めるけど、あの子が大丈夫なら、私だって大丈夫だと思わない?」

「馬鹿ね〜〜〜アンタなんか相手にされる訳ないじゃない。まず、アレがご当主様の趣味なら、アンタ年じゃまず無理ね」

「ひっどーい〜!!私だって若い頃はー」

比べても仕方ない。

そもそも、全部が、すべて、違う。






何時もの自然公園の噴水の前のベンチに陣取り、左手で画面を支えながら筆を動かす。
青々と新芽が顔を出して揺れる緑と、よく手入れされてる花壇と、埃っぽい土と、緩やかな円に沿って大型犬が御主人さまと御散歩してる。
世間を騒ぎたてている例の惨殺事件とは無縁の、平和な昼の風景が私の目の間前に連日変りもなく広がっている。
万一のことを考えて、外出は控えるようにと言われているが、素直に従う気はない。
御屋敷を離れて、自分だけの時間を持つことは私にとって必要なことだ。
常時誰かしらがそばにいる生活。頼もしくもあり、時々煩わしい。
黒いラブラドール犬は私の横を通り過ぎる時、鼻をふんふんさせて私に近づいて来た。
私の肘に鼻面を押し付けて、犬の鼻は湿っていてちょっと冷たい。下に置いていた大きな斜め掛け鞄は犬の黒い脚に蹴られて倒れ、雑に入れたお昼のパンの包みや筆記用具がバラバラ零れる。
「あら、どうも」
そのやんちゃ犬の所業を気にした風もなく、その犬の名前を呼んでひもを引っ張り、名残惜しそうな愛犬と公園を出て行った。
私もそれを見送った後、スケッチブックを傍らに置いて、足元に散らばった如何見ても暇人の時間つぶしの道具たちを拾い集める。
「はい、これ」
屈んだ体制から、差し出された手の上には、半分に千切られた消しゴムがのっかていた。文具は私にとって大切な貴重品だ。もし無くしたら、また新しいものをせがまなければ手に入れられないのだ。
慌てて、その手から黒鉛で灰色になったそれを受け取ると、
「どういたしまして」
トーンの高い、女とも少年ともつかない中間的な声質だった。
予想の後者が正解だった。目の前に居たのは美しい顔をした線の細い、十代も満たないかもしれない黒髪の少年だった。
一瞬言葉を失ったのは、彼の髪型が特徴的だったから。
分け目がジグザグに分かれていて、後ろに少し、房がある。
最近こんな髪型がはやっているのかな、と思ったけど、地元の若者代表イルからはそんな話は聞いたことが無い。イルは学校の事、そこで一緒になった友達、楽しかったこと何でも私に話す。
でも、その前衛的ともいえる髪型がこの不思議な雰囲気を持つ少年に似合っている。
「いつも、ここで絵を書いてますよね」
にこり、と和やかに少年が微笑む。ほう、と感嘆のため息がこぼれる。
恐ろしく美しい顔をした男の子だ。
私の周りの人は本当美形ばっかり。最近免疫も付いて感覚がマヒして来たけど、自分だけが何だか人種として劣ってるみたいだ。
観賞用の人形でも見つめているようだ。あまりにまじまじと見つめすぎてしまったようで、「どうしました?」と整った唇から声が放たれ、絶妙な覚悟で小首を傾けた。
「私のこと、知ってるの?」
見せられまい、と言う意地が働いた。
異国人として、自尊心を保つには、動揺をおくびにも出さない事だ。
相手の賛辞をいくら思いついても口に出さない。
当たり前の様に、相手の鏡になる。
「あ、もしかしてイルの……あ、イエル君のお知り合い?」
その時。
その少年の顔に驚き走ったと思ったのは、見間違いだったのだろうか。
張り付いた笑顔がすっと真顔に戻ったのも。
その一瞬の少年の隙は図星を突かれた驚きだと取った。
裏路地にあるコーヒーショップ。其処のマスターの息子イエル、もといイル。
この公園を出入りする人は多い。子供も多い。その中のジャッポーネ一人に注意を向けるのはおかしな話だ。だから、単純に私を知る近所の男の子のお知り合いであるならば、声を掛けてきた理由もわかる。
「はい、イエルくんのお友達なんです。
もしかして、と思って、声を掛けてみたんですけど、ご迷惑でしたか?」
「そうだったんだ。その、全然タメ口でだいじょうぶだよ?」
「いえ、これは癖なので。気にしないで下さい」
私の方が敬語を使わなきゃいけない感じがする。
大人っぽい話し方をする子だな。ご迷惑でしたかなんて、この年頃の男の子が使う言葉だろうか。
大きい手からばらまかれる白い屑に鳩が我先にと群がりついばむ。
少年はそれ以降、私の隣に腰かけてニコニコ笑っているだけ。
私と目が合うと笑みを深くする。
何だかマイペースな男の子だな。私なんか見ていても何もなかろうに。
だから、私も気にしない事にした。
手からばらまかれる白い屑に鳩が我先にと群がりついばむ。
筆をバケツに突っ込んでかき混ぜて、パレットから色を拾う。
「暇なら、一緒に絵でも描く?画用紙一枚あげるよ」
「あ、いえ、遠慮しておきます。
僕はそちらの類は不調法者なので……お気持ちは嬉しいですけど」
「あら、そう?」
その後小一時間は一緒にベンチに座って、各々の時間を楽しむ惰性の人々の中の一人、公園の風景の一部になっていた。
「では、また」
そう言い残して、少年は何の前振れもなく、にこにこ笑みを浮かべ帰って行った。


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