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次に目を覚ました白いベッドの上は、消毒液の匂いが鼻についた。
まっさらな思考のまま、取りあえず体を起こそうとすると、貫くような痛みが身が全身を襲い、顔を歪めた。
痛みに混乱していると、此方に気づいたらしい足を組んで壁際の机に向かっていた人影が徐に立ち上がり、私の占領しているベッドまで近づいてきた。黒髪の白衣を着た若い、男の人だった。

「気がつきましたか、気分はどうですか。運ばれてきた時はひどかったですが、腹部、手足に数か所の打撲、頭部の傷も骨には異常はありません。貴方はこの幸運に感謝した方がよろしい。よってしばらく痛みますが、二三日安静にしていれば問題は無いでしょう。一応、精密検査は受けてもらいますが……」
無表情で一気に言葉を並べる男に、呆気にとられる私だったが、その言葉の半分も理解していなかった。

「では、私はボスに連絡を入れてきま…………ちょっと、貴女待ちなさい!」

この人、誰。こわい。この知らない人は私に、何するつもりだろう!?本能的に自由にならない足で後ずさったら、ベットから転げ落ちた。膝に背筋を貫くような痛みが駆け抜けたが、追いすがり手を伸ばしてくる男から逃げる。
病室らしい真っ白の間をびっこを引きながら逃げていると、背後を向いていた私は何か柔らかい物に頭から突っ込んでしまった。

「…………っふ」

「おおっと」

柔らかく抱きとめられて、不意に顔を上げる。その長身の人物の顔を見上げると、鳶色の少し驚いた感じの瞳が私を見ていた。「わりい、」と肩を掴まれ、私は安堵した。この、優しい目、見覚えがある。

「ああ、丁度好い所に。ボス、しっかり捕まえておいてくださいよ、無暗に動かしてよい状態ではまだ有りませんから。さあ、貴女、大人しくこちらに戻りなさい」

命令口調のその男に私は恐怖しか感じない。理由も無く、とてつもなく怖い。私は目の前の人に胸に顔を擦りつけていやいやとかぶりを振った。がたがたと震えが収まらない。焦れて近づいてきた男にひっと体を竦める。

「随分、嫌われたものですね」

「アレク………今日は、もういい。落ち着くまで、俺が如何にかするから、お前は下がってろ」

「はいはい、その小娘の為に私がでて行けと言うんですね、分かりました。何かありましたら電話で。」

そう怒った口調で言って、どしどし大きな足音を立てて部屋を出て行ってしまった。

「ほら、ベットまで戻ろうな。怖いことは、何もねえから」

私の腕をやんわりと引きはがし、落ち着かせるように私の目をじっと見る。だんだん震えも収まってきた。身の前の唯一の味方の促されるままにこくり、頷いて、肩に腕を回すと、ふっと体が浮いて、そのまま元居た場所に下ろされた。
じいっと私を見つめながら男の固い指が私の頬を滑る。口はしにチリと痛みが走って、びっくと顔を引くと、男も慌てて腕を引っ込めた。拒絶された男は、苦虫を噛み潰したように苦渋の表情を浮かべていた。私はそれがとても悲しい。
男のTシャツを握って離さない私に苦笑いで、男は一緒に毛布の中に入ってくれて私を抱え、回した腕で頭を緩やかに叩きながら一緒に眠ってくれた。全てがぼんやりとした夢の中の出来ごとのように遠くて、私はまるで一度両親に甘えていた子供のころに立ち戻ったようだ。
唯分かるのは、この優しい人は私の唯一の味方だ。


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