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日は過ごしやすい気候なので窓を全開にしている。
ちょっと首を覗かせると一面の緑に今朝干した洗濯物の白が風に棚引いてひらりと踊っているのが見下ろせた。お馴染みの情景に心が和む。ゆったりとした気分に目を細めた。
名前を呼ばれ、広がる青から視線を外す。目の前には幼さを残す男の顔。診察用椅子に畏まって、私を怪訝そうに見つめている。
診察イスに座る男性の視線に答えるとその青年は苦笑する。
慌ててボトル片手に作業に戻るが、またくつくつと笑われてしまう。青年の右腕をそっと取って肘を高く上げる格好にする。躊躇せずに右手の脱脂綿を患部に押し付けた。
びくと男の腕を持った手が動いたのが分かる。
「これでよし。明日も一応出かける前に寄って下さいね、清潔なのと取り替えますから」
「ありがとうございます」
威勢の良い返事と共に思い切りの良い笑顔も付いて来た。
嬉しくなって顔が緩む。どんな些細な傷でも私を頼ってこの医務室まで来てくれて、ありがとうと笑顔をくれる。役に立っていると実感できる。
ちょっと照れた風に何時ものお礼にと茶色の紙袋を手渡された。中身を見てみれば、その中の箱には袋詰めされた焼き菓子。。感激する私に目の前の男性は照れ笑いで詰まらない物ですがとぼそぼそっと呟く。
「あの、お世話になってるんで、日頃のお礼って言ったらアレですけど………コレ良かったら……」
「わあ、しかもこのお店有名な所のですよね」
「そうらしいっすね。俺のダチから聞いて買ってみてんですけど」
「わざわざごめんなさい……あ、これから時間有ります?せっかく貰いましたから、ご頂きません?」
折角貰ったお茶受けも一人より一緒の方が楽しいしもっと美味しく感じるだろう。そう思って誘ってみれば、一瞬止まって戸惑いの目で私を見た。
丁度小腹も空いていた。そういうことなら、と青年は頷く。思えば朝から掃除洗濯やら、書類の整理やらで働き通しだったのだ。


「お二人さん、俺がいるの忘れてもらっちゃ困るんだよね〜」
デスクから一番近いベッドから間延びした軽い調子な声がする。その人物はだらんと横たえていた体躯を跳ね上げるように起き上がった。襟まで付くほどの赤茶けた髪の持ち主は膝の間の両手に体重を掛ける格好で少し前かがみでニヤニヤと私たちを見ていた。如何にも軽い感じの男の髪は寝ぐせで無重力にうねっている。
まだ眠そうな目を擦って、ふわあと大きな欠伸をした。
「熟睡してるんだとばっかり思ってましたよ。
もしかして、食べ物の話をしてたから目が覚めてしまったんですか」
「……あのさ、君、俺を何だと思ってるの。そこのマッテオ君が来た辺りから起きてま〜した。こうべちゃくちゃ話し声がしたんじゃ、寝られやしないよ。まったく」
そうさもこちらが悪いように文句を言われると少しむっとしてしまう。
むうと膨れたのを隠しもせず言い返した。
「ここはカルロさん専用の仮眠室じゃないんで。煩いのが嫌だったら、自分の部屋いってくださいね。それに、マッテオさんはカルロさんみたいに用も無いのに寛ぎに来たんじゃないんですよ」
「だって、ここ日当たり良くって気持ち良いんだもん。
なんで俺ばっかり責められるんだよ。
マッテオ君だってそんな嘗めてりゃ治る様な傷でわざわざ来ちゃってさ、貢物まで持ってきちゃって」
赤にちょっとくすんだ色合いの髪を波立たせながらカルロさんはちろっと私の隣を見る。矛先が自分に向いた青年マッテオさんはぎょっと赤毛を見る。私は慌ててピシャリと言葉の見つからない彼の代わりに言い返した。
「マッテオさんを困らせないで下さい。このクッキーは二人で美味しく頂きますね。紅茶も二人分です」
「ごめんごめん、うそうそ。悪かったから、俺の分も一緒に頼むよ〜〜〜ユイちゃん」
ぷんっとクッキー詰めの箱を取り上げると直ぐに態度を返して緩んだ顔で私とマッテオさんに謝った。調子が良い。マッテオさんは恐縮気味で顔が強張っている。立場的に言えば傘下は違うとはいえ、カルロさんはマッテオさんの上司だ。
居心地悪そうにしているマッテオさんは世代も同じで話題もあう。年の近い友人とは何回か付き添いで会ううちに直ぐに意気投合した。一回りも二回りも年上が多い環境の中で、私に敬語を使う人なんてほぼ皆無だから、そういう意味でも希少な存在だった。好い人だし。

奥に引っ込んで適量の水を火に掛け、背伸びをして上の棚からポットとカップを取り出す。
お気に入りの花柄のティーカップはもう一セット多く出しておく。もう一人のお客様はもうすぐここに辿り着く。


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