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「ごめんなさい。」

「え?」

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい
迷惑かけてごめんなさい、役立たずでごめんなさい、なのに厚かましくて……ごめ……

謝りますから………どんなことでもしますから………だから、だから、


嫌いにならないで………



私はひたすら謝り続けた。死んでも嫌われたくなかった。私の事を心の中に少しでも残して欲しかった。その為なら、悪魔に魂を売っても良い、私の大好きな人。

何回、謝れば、あなたのそばに居ても良いですか。



「ユイ……お前は…」

もう、私が無様にも目が頬がぐちょぐちょなのはばれているのだろう。カーペットに米神を擦りつけながら呻く。鼻水まで出ているかも知れない、さっきから鼻の上がつんと痛むから。

動きが止まった後ろの気配をの行動を待っていると、徐に私に捲きついていた腕が解かれた。肩を強く掴まれ、無理やり仰向けにさせられる。
顔を見られると、覆った両腕は、はたまた両方とも手首を掴まれ、床に縫いつけられる。

止めてほしい。こんな、馬鹿な私を見られては、もう、ほっといてくれるのが優しさだと思うのに。でも、そんなことをされたら、また私は悲しくて泣いてしまうだろう。本当、面倒くさいやつだ。



「…ごめん……。ごめん、本当にごめん、………………ごめんなぁ……!!!」


ぽたり、ぽたり、上から水滴が降ってきた。
それは生暖かく、私の頬っぺたに落ちて、首までつつと伝わり私の首元を濡らす。
疑問に向けた光景に、思わず目を疑った。

信じられない、ディーノさんが泣いている。

あの明るくて、ちょっといやだいぶおっちょこちょいで、でも光しか知らなさそうな、この人が……?

私を一心に見つめながら、これ以上ないぐらいに顔を歪めて、痛くて痛くて堪らないというように。私の上で、ひたすら獣の様に吠えている。苦しんでいる。瞳から惜しげもなく溢れる大粒の涙は重力に従って私に向って落ちていた。


私を潤むそれで見つめながら、私の輪郭を確かめる様に頬に手を這わせ、私の髪を優しく梳く。それでも私への謝罪は止めない。放された片腕に頭の端でそれを認識はしていたがもう、逃げ出そうと言う思考は全く起こらない。許しを請うと縋るこの人の手を私がどう振りほどけようか。
それでも、私を逃がさんと今だ握り込まれる右腕が痛い。

抵抗を忘れた私に心底嬉しそうに顔を歪めた後、手は沿えたまま顔を近付けた。目の前が暗くなり、思わず目を閉じる。そして、私の目尻にかさかさの唇を押し付け、くちゅりと落ちそうだった涙を吸ったのだった。まるで急く様に一瞬の間惜しいと顔中に続けられる。
行きなりの甘い行動にぎょっとして戸惑う私を余所にディーノさんはそれに夢中だ。柔らかい感触が離れたと同時に、掠れた声でじっとりと名前を呼ばれる。湿った吐息がダイレクトに肌にかかった。凄くくすぐったい。
時折聞こえるリップ音に、声の余りの熱さに、体の熱がかあっと上がる。思考がグラグラと煮えて、のぼせてしまいそうだ。お陰様でだたもれだった涙はピタリと止まった。

夢の様だ、本来なら恋人に向けられるべきで有ろう、砂糖を溶かした様な行動をこの私に何故。柔らかな感触を受け止めながら、思う。確実に正常ではないディーノさん。他意はなかったとしても、大切に扱われていると言う感覚に夢にも上る気持ちだ。

思考を取られて成すがままになる。近付きまた離れるを繰り返す、その美しい金色を視界の端に捕らえながら………。今まで暗くてよく見えなかったのだが、私を見下ろす顔に、私の最後の記憶とずれがある。少し……いや大分……痩せた…?



こっぱずかしいその行為は、口端を最後に動きを止めた。変な所で気を使う優しいディーノさんらしく、最後まで、直接私の唇に触れる事はなかった。


私の胸元に顔を埋め、また壊れたように同じ言葉を吐き続ける。ごめん、ごめん悪かった。
まるで、血を吐く様だ。

私が許しを請うつもりが立場が完全に逆転している。でも、何となく、私が何を言っても意味がない気がして、私がした事と言ったら唯それを見つめているだけだった。

この言葉は私だけに向けられている物ではない。



気付いてしまえば、高揚した気持ちはゆっくりと落ち着いて行く。冷たく覚めた思考の中で、冷静な私が言う。よく考えろ、さっきの行動はまるで私に媚びている様。私だって気持ちはよく分かる、この人は今、ここで、『目の前』にいる私に、見限られたら終わりだと、勝手に思い込んでいるのだ。

そんなこと、全然無いのに。




誰かがこの人を傷つけた。

こんなに優しい人を、こんなになるまで。私にまで普段の表情を崩し、我構わず縋なければならないほどに。


あの日に聞いた、マフィア、という言葉を思い出す。
こんな場所、立場に立たされて、傷つかないはずないのに。

私の胸に落ち着いた重い頭をぎゅっと抱く。さらさらと落ちる髪に指を滑り込ませた。いつの間にか、ディーノさんは眠りについていて、規則正しい呼吸で私に身体のすべてを預けている。
泣き疲れて眠ってしまったのだろうか……良かった、寝顔はとても安らかだ。

涙を睫毛に残したまま、ぷっつりと切れてしまった様に眠るこの人が、とても小さな、庇護を必要とする存在に思えてきた。

私は今まで、この人に甘えてきた、頼ってきた、そして支えてもらってきた。


でも、それじゃあだめだ。



小さな決意の瞬間だった。





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