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その日を境に私への風当たりは強くなった。


さあて、どうしようか。目の前の自分が今日着て行くはずだった、黒のジーパン、白のタートルネックをその手に持って溜息が零れる。ただこれを体に身に着ければそれで済む事だが、生憎その両方がぐっちょりと水気を含んでいて、床にポタポタ水滴が垂れている。着て外何かに出た日には間違なく風邪を引くだろう。全く、下が絨毯じゃなくて良かった。取り敢えず洗面所にぶっこんで置こうか。

幸いここの主は不在で(多分朝帰りならぬ昼帰りだ)、朝早いことで私一人。朝食を済ませ、さあ朝のお勤めだと意気込んだ所でこれだ。今日は面倒臭くて部屋着のパーカーで行ったのがいけなかったか。


まったく、本当によく空きもせずやってくれるなと乾いた苦笑が漏れた。逆に尊敬さえする。毎度毎度、お前ら暇なんじゃないのか。


ここの、今や私の我が家には二種類の人間が居る、私が勝手な主観で分けただけだけど。

一つは私がいつもオジサマと呼んで慕う、気さくで気の良い部下さん達。私に好意的に接してくれて、各々が私にそれぞれの優しさを見せてくれる。無愛想な人も勿論何人か居るが、愛想を振り撒くだけが好意の示し方じゃない事ぐらい私にも分かってる。彼等も私を可愛がってくれていて、他愛の無い話をしに私の居る医務室まで遊びに来てくれたりする。私の大好きな大切な家族。
もう一つは…………私が大嫌いな人達。違う、私がではない、私の事が、嫌いな人達だ。私の存在がここの人達に全面的に公となり、暖かな歓迎にやっとここの一員と成れたと思ったその数日後ほんっとに地味ーな嫌がらせがちょこちょこ始まった。わざわざ道をとうせんぼする、持ち物がなくなる等。なるべくここの人達は好きに成りたかったから最初は偶然だよとか、気の性だと自分を誤魔化して居たけれど…何回も何回も続けばいい加減分かる………殆ど私一人の時を見計らって行うんだから、質が悪い。でもそんなのは序の口で中でも一番痛かったのは、嫌でも一生懸命やり進めて居た数学や英語、イタリア語の参考書が水濡れで部屋のゴミ箱に発見された時だった。日本語表記の物は重宝するのに……その時は誰かこんな事をと子供らしく涙ぐんだが、もう犯人はハッキリしている。私をいつも見下した目で見る、あの頭の堅そうな中年組だ。

それでも、時が経つに連れ沈静化していったのだけれども、私がまさかの朝帰りをかました丁度一週間前から、見事に悪化している……。気持ちも分からないでもない。私は理由を道に迷いました、の一点張りで押し通したから。アレクさんは何か勘づいていたみたいだけど、それ以上は何も聞かずに、発信機は肌身放さず付けなさいと諦めた様子で溜息を付かれてだけで、嬉しくてニヤニヤして居たら殴られたのはまあ、痛かった。
意外にも、私のスケブとポシェット(と発信機)は砂埃に塗れただけ、の奇跡の状態で帰って来た。私はオジサマ方に決死の捜索をされて居たらしく見付けて持っていてくれたらしい………凄く申し訳ない。


仕方ないので、床に滴り落ちた水滴をしゃがみ込んで拭く。この一人の後始末の時間はいつも居た堪れない悲しい気持ちが私を暗くする。これを狙ってやっているのだろうから、目的は果たされただろう、はいはいはいよっかーたですね!!
絶対しょぼくれてる姿なんて、死んでも見せてやらないけど。




床と睨めっこをした状態の私に声を掛けたのは、本当に久し振りのロマーリオさんだった。後ろ手にドアノブを押しながら私の格好を見て、少し驚かせてしまったらしい。何してるんだと問われたので、コップを倒しちゃったんですと雑巾を慌て仕舞いながら笑う。こんな事お手の物だ。


入って来た人影が一人ということに内心落胆してしまったのは私だけの秘密。




「悪いが、睡眠薬を貰いたいんだが…」


再会の挨拶を交わした後、本来の目的が告げられる。こんにちはと、この口から直接伝える事が出来て単純に嬉しい。


「…睡眠やく、ですか……?
もしかしてロマーリオさん、眠れないんですか?」

当たり前の事を聞きながら、自分専用の白衣を着て仕事モードに入る。アレクさんは今不在だが、これ位なら私一人でも大丈夫。

脚立を棚に寄せて、それに上り瓶を腕に引き寄せた。ロマーリオさんは見たところ健康体その者だし、殆ど効き目は無いがこの錠剤ふた粒ぐらいで大丈夫だろう、人を観察して私なりの判断を下す。少々いい加減な彼に私は日々鍛えられてゆく。




中身をも一度確認し、カパッと蓋を外す。
取り出したそれを差し出すと、あーと微妙な顔をされた。

「実はそれと同じものをこないだ貰ったんだがな……それじゃあ効かなくてよ…」

別の強めのを頼む、出来れば粉薬で――要望が有っては応えなくてはならない。更には、精神安定剤まで要求し始めた。

「………ロマーリオさん…これ本当にロマーリオさんが全部使うんですか?

私からは病んでるところなんて、何もないように思うんですが…」




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