4



「お前はこいつらを知ってやがるのかぁ?」

無残な死体を指し問われるが、イエスかノーか答える事すら出来ない。

私は呆然としばらくその男と見つめあっていた。
急な展開に思考回路が追いつかなかったというのが正しい。


まず逃げる様に目を逸らしたのは男の方が先だった。私をつまらなそうに見て、深い溜息を一つ。緊張感が一気に弛んだ。

おもむろに左腕、長い刃物の付いている腕を振り上げた事を視界に捕らえ、思わず目を閉じて身構えた。
瞬時に私もあの男達の様に殺されるんだな…そう思った。


ブツと何かが破ける様な音と共に体の強張りがフッと抜けた。

恐る恐る目を開けると、私を縛っていた手足の縄が解けているのがわかった。それを男がぽいっと投げる。


意図がいまいち理解出来ずに、だらしなく座り込んだまま男に視線を向けると呆れた用に眉をひそめて、私の目の前にしゃがみ込んで私に目線を合わせる。長い滑らかな銀髪は地面に付いてしまって、下から血を吸って赤く染まっていく。綺麗なのにもったいない。



「とにかく、ガキはさっさと家へ帰れぇ……


かえ…る……?

「逃がしてやるっつってんだぁ、頭の悪いガキだなぁ……
…ったく、割に合わねーぜぇ……刺客かと思えばガキ一匹!」

とっとと行けと適当にシッシッと手を振って面倒臭そうにあしらわれる。私の事なんかどうでもよくなったみたいだ。



この時の私はどうにかしてしまったに違いない。
この男は人殺しだ、血塗れの剣はそう示している。
でも、その行為が私の最悪な状況を打開してくれた。そして、私をさっきの男達とは違いどうともしない。
その事実は私の心の救いになった。

意味も分からず襲われて、今周りは血の海。

その時、私の中で味方はこの人しかいなかった、今現実で唯一優しいもの。

私の心に余裕は全くなかった、だから、あんな奇妙な行動をとってしまったんだと弁解したい。



ぼーとしているだけの私に飽きたらしい男はコートを翻し私に背を向ける。

あ、行っちゃう……


体の痛みを無視して無理矢理立ち上がり、慌てて男の後を追う。
ガシッとコートの袖を掴むと、ヌルッと嫌な感触がした。これは血だろうか。



「ゔお゙ぉい!
なんだぁガキぃ!オレは忙しいんだ!!
離せぇ!!!」


立ち止まり、振り返って私を認めると眉をひそめて怒鳴った。でも、乱暴に振り払われたりはしなかった。むしろ優しい気遣いが感じられたのは私の錯覚だったのだろう。


私を置いて行かないでこっちを向いてくれた、それだけで、喜びで胸がいっぱいになった。


何をするでも無く、ただその男の顔を凝視する。つり目で凄く極悪顔だ、でも……恐怖は感じない。
その間にもどっか行けとら離せとか怒鳴り散らす男。

しかし不機嫌顔しか見せなかったその男の顔が驚きの表情に変わる。

「…お前ぇ……」

私、何かしたのだろうかと瞬きすると、雫が二三滴頬を滑り落ちた。

自分が涙を流していると言う自覚は更に涙腺の決壊を助長させるもので、ジッと見られているのにもかかわらず、恥じらいを通り越して止めようと思っても余計にこぼれて来る。


「う………ふ、うぇ…」
堪らず嗚咽が漏れる。

ボロボロこぼれる、私の意思に反して。

不意に視界が真っ暗になった事にびっくりして目に押し当てられたものを咄嗟に掴むと、布と、それ特有の弾力。その腕の主は意外にも銀髪を血に濡らした殺人者だった。乱暴にがしがしと私の目元を拭う。


強面に似合わず取り乱したような困り果てたような、変な顔。私をどうやって扱ったら良いか分からないのか、ただそれだけの不器用な行為。

その意外すぎる心遣いに気が緩んだのがいけなかった。
私は本当に本格的に泣きわめいてしまう。



そこには一面の赤と、死体から薫る生々しい死臭と

ただ子供の様に泣きわめく少女と

成すすべなく固まる銀髪の青年

その二人は少女の青年の黒塗りのコートをしっかりと掴む細腕で結ばれていた。





これが
孤高の剣士、S・スクアーロさんとの出会いだった。



[ 44/114 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -