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「ね、今日もたくさん書いたんでしょ
見せて見せて!!」
イルの部屋に入って、ここ何日かの学校での授業、面白い友達を夢中で私に話してくるイルに微笑ましさを感じながらチーズケーキをつついていた。
学校という言葉は今の私には遠くていつもイルの話を聞く時は、無性に虚無感が胸を襲ったりするけど少し懐かしく思うのも事実で。何よりオーバーに面白おかしく話すイルの話は思わず大笑いしてしまう。それを見て気分をよくしたイルがもっと過剰に身振り手振り語りだすので、もう大爆笑だ。
公園で無理矢理怪我の治療をしたのが縁で少しずつ仲良くなった男の子。話さない私にイラついたりせず接してくれる大好きな友達。
私はベッドに座るイルの隣りに座ってスケブを開く。
「わあっやっぱりすごいっ
これって本当にユイが書いてるのー?」
隣りでページを捲ってすっげーと私の絵を褒めてくれる。
「あっこれ、あの公園の噴水?鳩がたくさんいる」
一枚のページを指差してイルが問う。ドンピシャだったのでので嬉しくなってウンウンっと頷いた。
イルは嬉しそうにこれは?これは?と私と場所当てゲームを始めた。
「ねぇね、この前写生の授業が有ったんだけど、それで一番上手く書いたかって投票するって言うやってね、またジェシカが一番取ったんだけど……」
ジェシカとは何回もイルの話に出て来る優秀なイルのクラスメイトの少女だ。美人らしい。ちなみに私はイルは彼女が好きなんじゃないのかとにらんでいる。ただの憶測なんだけど。だって聞く頻度高いんだもん。
「でも、ユイのほうが絶対上手だよ!!
ジェシカのは、まあまあ上手だったけど……」
「ユイの絵はキラキラしてるって言うか………鳥とか、木とかなんか本当に生きてるみたいだ!!」
勢い込んで手放しに私を褒めてくれるイル。
ここに来て生活してきて一つ学んだ事はイタリア人は、とにかく褒める、言う事が大袈裟、!!私の偏見も入っているかもだけど現にオジサマ達は時々恥ずかしい言葉をサラッと言う。イタリア人はすっごく紳士、だから全ての言葉を鵜呑みにするのはある意味危険、イルだって例外ではない……
「だから、僕はユイの絵が大好きだよ!!!」
と頭では分かっているんだけど……ニコッと微笑まれて少し照れくさくなる。本当にてきとーに何となく書いてて、しかも明らかにぐっちゃぐちゃで繊細のかけらもないのに……こんなに褒めてくれるのはイルだけだろう……すごく…嬉しい。
「あ、このノートかりてもい?
ユイの絵みんなに見せたいんだ
」
私のスケブを胸に抱いて意気揚々ととんでもない提案をした。
瞬間、慌ててスケブを取り返す。そのまま急いで適当に開いてから
『ダメ、ダメダメダメダメ!
何考えてるの ダメに決まってるでしょう
私のなんか見ても何も楽しくないよ 』
首を振って止めさせようとする。何言い出すんだよーこの子は!!
「えー」
残念そうな顔に誰かの姿が被る。
「最近その事でジェシカが調子のってて、アントニオ…友達も僕も嫌気がさしてるんだ
でも、僕勉強もなにも敵わないし……でもちょっとぎゃふんと言わせたくて……
あーあ、ユイが僕と一緒の学校だったらよかったのに……そしたらさ…」
ジェシカちゃんって自身家なお嬢様って感じなんだ、いままで想像してたか弱い少女とは随分違う……気が強そうで、ちょっと会って見たいかも……。
少しシュンとするイル。
『ごめんなさい
あんまり上手じゃないし人に見せたくないんだ
それに イルにしか私の書いた絵
見せたことないんだよ』
スケブに謝りの言葉をイルに見せる。
「え、そうなの……?お家の人達にも?
ユイの初めてって僕……?
」
……………。へーいへいへいへーい、そこの少年変に誤解されるよーなこと言わなーい!!
思わず突っ込みたくなったけど、期待した眼差しを私に送る純真なイルには意味が分からないだろうから、スルーしておく事にする。
うんと頷けば、やったあっと言って抱き付かれた。イルは私の事を好いてくれていて、私も弟みたいにイルが好き。
こうやって、度々近場のコーヒーショップであるイルの家を訪ねてきてはおしゃべりをして、遊んで、楽しい時間を過ごす。最高の憩いの場だ。
名残惜しいながらもイルとバイバイをして(近い内に絶対来てねと約束させられた)、だいだい色に染まった空を眺めながら帰路に付く。
この時間はいつも陰鬱な気持ちになる。空は何処で見ても変わらなく綺麗だ、イタリアでも――日本でも。それがたまらなく嬉しい、そして泣きたくなるぐらい、寂しい。
行き交い私と擦れ違う人達。小さい子供の手を引く母親、険しい顔をしてせかせか歩く中年のおじさん、ガラガラと店を占める音、あんまり何処も変わらないんだなあ。今からみんな自分の家に帰るのだろうか。
私は今あのどでかい屋敷に足は向かっているが……私は“何処”に帰ればいい。何処に私の居場所がある?心に呟いたって誰も答えてくれない。
屋敷に帰り、アレクさんの手伝いをして彼が部屋に帰った後、一人医務室のベッドに潜り込んだ。
枕下の赤いスケブを取り出す。私の大切な、大切なマイスケブ。
一枚目、二枚目と、ペラペラ捲って眺める。一枚一枚大切に、とても大切に描き出した。
机で寝てしまったアレクさん、料理を作る料理マリアさん、可愛いイルにマスター、コーヒーショップ。陽気に声をかけてくれるオジサマたち、お世話をしてくれるメイドさん。そして―――お父さんお母さん大輔、学校で仲良かった友達。
私の、大切な大切な人達。でも、中でもこのページを占めるのは――――――――
ベッドの上で、頭まで毛布をすっぽり被り小さく丸まる。暗い暗い、月の光も星の瞬きも届かない闇。
―ああ、私は独りだ。
私は何故此処にいるのだろう。何処にいるのが正解?
何も出来ないまま流されている自分。ずっと何も出来ない情けない私。だから、会いに来てくれないのだろうか。私が要らなくなったですか、私がなんの力もないから。役に立たなくて、頼ってばっかりで迷惑かけっ放しで、どうしようもない私に愛想をつかせちゃったの?
私、頑張れてると思うよ。最初は怖かったけど、貴方が大切にしている人達、仲良くなれる様に、気に入られる様になるべくこの屋敷の人達にいっぱい話かけたし、笑顔もたくさん作ったよ。会話でいっぱいスケブに文字書いたから、イタリア語もう完璧になっちゃったよ。アレクさんから教えて貰った仕事を一生懸命覚えて、少しは役に立ててると思う。努力のかいあってか知り合いもたくさん増えてよくしてくれてる、でもねやっぱり違う、私は分かってる。
ああもう。
寂しくて、寂しすぎて、涙が止まらない、止められない。
シンとした闇夜に私の嗚咽。馬鹿じゃないのか、私。
だからさ、会いに来てよ。会いたいよ、あいたくてたまらない。優しい笑顔で無邪気に名前を呼んでよ、また温かい腕で私を抱き締めてよ。私、どんなことだって何だってするよ、お願いだから
私にここに居て欲しいって言ったのはあなたでしょう
ディーノさん
なんて…私、ばかみたいだ
ばかみたい
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[mokuji]
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