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見事な石造りの町並みを練り歩きながら、目に映ったものを次々とスケブに書き込んでゆく。厳格な建築物、広場の噴水、揺れる樹木、そこで羽を休める鳥達、パラソルの下ジェラートを頬張る子供達と公園を中睦まじく手を繋ぎ笑い合う恋人達。私を囲む全てが私の被写体だ。私の目にとどくものの一瞬を切り出しそのままボールペンを動かし映し込む。
絵が上手くなりたいとかこの美しいイタリアを是非描きたいとか大層な事は全く考えていないので失敗はない、手を動かせば良い。ただ、黒く埋められてゆく白がただただ楽しい、この単調の繰り返しが面白い、それだけの事だ。要するにそこら辺に有るもの適当にぐっちゃんぐっちゃん書き込んで完成しない内に次シャカシャカ書いちゃうというわけで。完璧に暇つぶしです。
私があの屋敷の庭にずっといるのが飽きて、アレクさんに頼んで外出許可を貰ったのが数週間前。その際に『遠くには行かないこと』『決められた時間には帰ってくること』『暗がりや裏路地には入らない』『必ず発信機を肌身放さず持ち歩くこと』を約束させられた。最初の三つは何処の幼稚園生だとわざわざ約束にされた自分に悲しくなってくるけど、最後のは私も聞いた時にはびっくりした。誘拐置引暴漢イタリアは日本とは違って少し物騒で、女子供が一人で外に出るのはちょっと危ないらしい。しかしさるお方がこの地区を統率なさっているから、此処一帯は比較的安全で私みたいな小娘が出歩いても大丈夫だろうと松山さんが教えてくれた。オジサマ方にその人の事を訪ねてみると、とても強くて何より優しく方でここの治安維持にも熱心だそうだ、みんな口を揃えてそう私に答える。うわあ、世の中にはそんな人がいるのかと感動した。だって、偉い人なのにもかかわらず偉ぶらないで、正義のヒーロー、私なんか相手にされないだろうけど是非会ってみたいです!!…と一人で興奮していたら、みんなに大笑いされた。普段ニコリとも笑わない松山さんまでも吹き出しそうになってからすごくいたたまれなかったなあ……くそう、また子供扱いされた…。とにかく用心に越した事は無いと言う事で何かあった時のために所在の分かる発信機だそうだ。それが今朝貰ったヘアピン。前のキーホルダー型の物は水に落として御釈迦にしてしまったのだが、何を思ったかピン…しかもデカい苺付き……。これで出歩けるなら安い物だけども。

ふらふら移動していたが目的地がないわけでもなく、だだっ広い公園で一仕切り書きまくった後、そのまま公園を抜けて、少し行った所のこじんまりしたお店についた。カランカランと音をさせて木造の扉を押す。



漂ってくるのは香しいコーヒーの香り。


「いらっしゃい
―お、ユイか


店内には二三人のお客さんと、コーヒーを炒っていた手を止めてのんびりした笑顔で私を見止めるマスター。私は笑顔でそれに返す。

「ちょっと待っててくれ、

お〜〜い、イル―――!!
きたぞーーー!



そうマスターが大声を上げると、ドタドタドタッと忙しい足音を立てて小柄な体躯が階段から転がり降りて来た。


「ユイ!!」

ーイルっ!!!


私を見付けた後、嬉しそうに目を輝かせて駆け寄って来てくれる。私もスケブをその場にばさっと落としてそれを待つ。私達はいつもの様に抱き締め合いの挨拶を交わした。


「ああ、ユイ、来てくれたんだ!!
今日はもう来てくれないんじゃないかっと心配した……!


私の手を取って無邪気に笑うイル。

「一昨日来てくれるって約束してたじゃないかっ
僕ずっと待ってたのに」
その日は何故かたくさんの患者さんが医務室に訪れていて私もアレクさんも大忙しだった時だ。忙しくてスッカリ頭から抜け落ちてしまっていたみたいだ。悪い事をしてしまった。
ごめんっと謝るともういいよとむくれた感じで許してくれた。
目はいつも好奇に輝き、ころころ表情が変わる無邪気な少年、イル。ここのマスターの息子さんで、私の唯一の年の近い友達だ。

「僕の部屋行こう!!
罰として今日はとことん僕に付き合ってもらうからね!」

私の腕を引っ張ってせがむ。
私はスケブを拾ってマスターに苦笑いで会釈をしてからイルに引きずられ二階に続く階段を上る。

「ケーキあるから後で取りに来なさいー」

マスターののんびりした声が後ろから追ってきた。





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