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丁度小腹も空いていたので、私はディーノさんの誘いに応じる事とした。まあ、それ以上にこのブレイクタイムが一週間ぶりぐらいのことだったからなんだけど。ディーノさんと私は和菓子談義をしながら私の巣の医務室に向かう。書室に返却するはずだった本の束は良いというのにディーノさんが其の侭全て持ってくれた。こういう細やかな気遣いを受けると、この人をしみじみイタリア人なのだなと思う。



医務室の扉を明けると、机の前の椅子はもぬけの殻でアレクさんは不在の様だった。アレクさんは自分は医者だと言っていたし、何処かに治療に出かけのかも知れない。いそいそと持ち主不在の椅子をベッドの前に持ってくる。ベッドに備え付けられている椅子は硬くて座り心地が悪く、アレクさんのは何時までも座するため専用の椅子なのでこちらのほうが断然フカフカしている。
楽しそうに話ながら、さんきゅとディーノさんは椅子にドカリと座り、前屈みになり腕を組んだ。私も続いて、自分のベッドの頭の方に浅く座る。ベッドが私の重みでぎしりと軋んだ。早速ディーノさんは電話で葛餅を持ってくるよう頼んでいる。聞き取れる私は語学力が上がった……もう簡単な日常会話ならお手の物だ。まだまだ難しい筆記や単語は全然無理で、メイドさんや部下のオジサマがたに聞いたりするけど段々ボキャブラリーも増えるだろう。
ピ、と電話を切ったことで沈黙が私とディーノさんを包む。ゴソゴソとジーパンのポケットに携帯電話をしまう音が空っぽの空間に響く。
また中途半端に終わってしまった話に戻るのかと思いきや、そうではないらしい。それっきり、ディーノさんは難しい顔をして黙り込んでしまった。必然的にこの部屋は静かになる。開けっ放しの窓に掛かる白いカーテンが風を受けてさらさらとゆっくり棚引いている音が残り、落ち着くが少し物悲しい。目の前にいる人は騒がしいという代名詞が一番似合う人だと言うのに、今日は随分大人しい。不思議に思ってスケブにどうしたのかと書き込んで見せても見てくれる人がいなくては何の意味もない。おかしい。ディーノさんは必ず、私が話そうとすると私の意思を汲み取ってくれて時間の掛かる筆談を待ってくれている。なのにそれさえ気付かずに視線はぼーと自分の手元あたりを彷徨って物思いに耽っている。部屋に入り込んだ風が美しい金髪をゆっくり動かした。

ディーノさん、と息だけで話かけても気付いてくれる筈も無く、音を鳴らせばとスケブで太腿をバンバン打ち鳴らしても気付いて貰えない。いつもはどんな些細なことでも必ず気付いてくれるのに、とすごく泣きそうな気持ちになるのは私がディーノさんに甘えている証拠なんだろう。今度は真正面から肩を掴んで揺さぶってみた。これで気付かなかったら私が逆立ちしても腹踊りしても、気付かないんだろうな……という訳で力の限りガックンガックン揺すらせて貰った。


「ワリい………」

私の力一杯は功を奏したようで、ディーノさんは思考の世界から戻って来て開口一番に謝られた。気持ちわるーとか世界が回るーとかぐたーと気分悪そうに眉間に手を当てて項垂れている。お前って意外とバイオレンスだよなという呟きは無視だ。
て、そうじゃなくて!!!だから、私は!!!

『何かあったんですか』

ディーノさんを真直ぐに見つめればその私を映す目に少しの疲れが宿っている様に感じる。ここの所のお仕事の忙しさのせいでもあるだろう。でもそれは彼の標準装備で、見た目よりタフだ。何時もとちょっと様子が違う。これは具体的にどうこういえない、このまだ二三カ月一緒にいた私の勘だが。何か思い悩む事でもあるのだろうか。

「いや、別に何でもねー事なんだ。
んーなんだ、桜餅の葉は食べるべきか、食べざるべきか……?葉は一緒に食べると餡こと皮の甘みに少しの酸味が加わり確かにウマい、だが桜の葉は食べた後に筋が残って後味見が悪い、でも桜餅という名前としては頂かなくてはーーーってな。」

オレって我ながらジャッポーネの菓子好きだなーとハハハと渇いた笑いを浮かべてぽんぽん私の頭を触る。そんなこと考えてたんですか……激しくどーでもいー……心配して損したなーちなみに私は食べる派で。

コンコン、と扉から二回のノックが部屋に響いた。お、来たみたいだぜ、とディーノさんが走りよると同時、初老のメイドさんがワゴンを引いて部屋に静かに入室した。
おおお……ただの葛餅が豪華だ……盛られている皿の高価さで庶民派のお菓子が最高級デザートに見えてくる。目の錯覚とは恐ろしい。早速二人で頂くことにした。勿論飲み物は暑い日本茶で。



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