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「で、今日は散らばってたオレの部下が、久々にけっこー人数揃うんだ。
だからオレ考えたんだけど………」
腕時計で時間を見て我にかえったディーノさんは慌てて話を切り出す。吊るしではない専用に仕立てたので有ろう真っ黒いスーツ。袖から覗くそのシルバーの腕時計もシンプルなデザインがかえって上品でとても高そうだ。
「どうだ、お前もこの屋敷に生活して随分経った。よい機会だからさ、その……アイツらにお前を紹介しようと思う」
紹介?
本日のマヌケなぽかん顔二回目。私の反応を窺いながら言葉を続ける。
「アイツらはユイの事殆どのやつまだ知らねえし、ほらユイも直接有った事ねえだろ?前のこともあったし、知らせるのは得策じゃねえとか思ってたけど、ずっとそのままじゃ流石に不味いだろ」
ここに来て約二か月余り、私の行動範囲はあの医務室だけであり、会う人も極少数も少数。それでも生活していくには事足りた。私はこんな場違いな所からは直ぐにおさらば出来ると思っていたから、顔も怖けりゃ柄も悪そうな彼のいう『アイツら』となんて仲良しこよしするつもりは、全然無かった。それを今まで強要されることも無かった。でも、ディーノさんは私を彼の仕事仲間を紹介したいという。その意味する事とは、
「ユイ、ここで生きる覚悟をもう決めてくれたって、オレは思ってもいいんだよな?」
ディーノさんの真直ぐ真剣な表情が私の一対の双眸射抜き、私にそう、静かに言葉を落とした。美しい瞳は私を、弱くて揺れていて不安げな有りのままの私を、ただ鏡の様に映している。全てを見透かされている様で、その美しさは……少し怖い。
「……アレクから聞いたぜ?突然イタリア語習いたいって、習得しようと躍起になってるってさ。オレそれ聞いた時、嬉しかった。
それは、此所に残ってくれるってコトだよな?そうゆう、お前の意思表示として取ってもいいんだよな」
私を確かめる様に、計る様に確認の言葉が落とされる。妥協を許さない意思をもった眼光に目を逸らしたくなるが、必死にその瞳を見つめ返した。逃げてはいけないと何故だかそう思う。何時までも優しい存在に感けて、それを無償だとは思ってはいけない。流されているだけじゃ駄目だ、私は自分で自分の意思で居場所を選び取らなければいけない。今が選択の時だ。そして、この選択を誰かのせいにしてしまわない様に。
しばらく互いを見つめ続け、沈黙が何とも肌に痛い。私が答えなくてはならない、是か非か。肯定なら、可能性を引き換えにして新しい場所での安全な場所を得るだろう。否定なら、ここには居られない。
私の答えはもう決まっている、イエス、だ。私はもう人との繋がり、ディーノさん達との繋がりが消えてしまうのは嫌だった。でも、考えろ、本当に良いのか。ここに残ることを決めてしまうと、もう二度と私の元いた居場所に戻れない気がする。本当に私は諦められる?後悔は本当にしない?
何時か後悔しても、間違っていても、もう、引き返せるものか。
私はゆっくりと頭を縦に振った。
『はい、私はここにいます』
「……そっか…」
ディーノさんは安心したように、嬉しそうに微笑んだ。断られたらどうしよーかと思ったとここでやっと目を逸らされてボソボソ拗ねたように呟やいている。
「………」
私もぎこちない笑みを返す。私がここに残ることを親切心や建前でもなく望んでいるみたいで嬉しい。
残る硬い空気を払拭するように、ぱんっと手を打って、嬉々として話し始めた。
「よっしゃ、じゃー話の続きな!!今日は広間に集まるようにアイツらには連絡がいってる。そこで顔合わせだ。
まー流石に全員は無理だから、まず、来れるのはざっと百人前後か……よくウチを出入りしてるやつらだから、これから顔合わせることも多いと思うぜ」
い、いきなり百?!ペンを握る手が震えて書く文字が少し不格好になる。やっぱり、あの大人達に会うのは、少し怖い。痛い目に遇った恐怖はまだ私の心に巣食っている。
「………っうわあぁ、やべー!!完全、遅刻だ遅刻!!
アイツら、ぜってー待ち草臥れて文句言ってるぞ………い、いやそれより、ヤツにもし下を待たせた事がバレたら!!また、何か言われる、いや、殺られる!!」
ごちゃごちゃ考えてる間に時間のことを思い出したらしいディーノさん。早く行こうぜ!!とはたまた引き摺られ、廊下を移動する。真っ青な顔で汗をダラダラ流して焦っていて、相当な恐怖が彼の怯え様から窺える。ディーノさんは親しい人のことを代名詞?で呼ぶことが多いが(私の事も名前よりもお前とよく呼んでいる)、この『ヤツ』は部下さんたちの『アイツら』とは違うようでこんな必死なディーノさん初めて見た私は、密かにぷっと吹き出した。この人とも何時か会えるといいなと思う。
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