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生きて行くには何が必要か、考えてみる事にする。
まず、絶対必要なのは飢えない程度の食べ物。そして、雨風凌げる寝床、人間らしく過ごすための服とか、その他諸々の日用品。必要最低条件はそれぐらいで、それがあれば人間は大体生きては行ける。でも、それはあくまでも必要最低限な事柄であって、実際はそうはいかず、私は秩序のある人間社会様に生きているし、つまり人間と言う物は生きることに意味を見出す動物だからだ。
突然、想像もしなかった場所に飛ばされてもう元いた居場所にさえ帰れない、そんな状況に陥った時、まず始めに何を考えるかと言ったら、衣食住の心配がまず始めに来る。しかし私に関しては、幸運にもその心配に労力を使うことは無用だった。


はい、この度タチバナユイは、イタリアに場所を構えるこの何百坪かも分からない、豪邸も大豪邸に居候させて頂ける事となりました。その家主、イタリアーノの青年ディーノさんは私を此所に置いてくれる気満々らしいのです。帰り道も分からない私に、暫くここに住めばいーじゃんとあっけらかんとあの眩しい笑顔でいってくれました。当てもない、増してや一時的とはいえ声の不自由な私に選択肢がある訳もなく、その好意に甘えさせて頂く事にしました。
勿論、家族にも会うという希望は捨ててはいないし、帰る事も諦めてはいません。でも、如何駄々を捏ねようと現実は変わらないのでした。それが先日、ディーノさんにあたり散らした事で良く良く分かった事で、現実を見た私はもう腹を括るしかないのです。私は此処で生きていく。だから、例えそれが期間限定だとしても何時までもお客さん気分で居る訳にも行かないのでした。
なので、私はその手始めとして、なにが今私に必要な事が何か、考えなくてはなりません。その旨をディーノさん、ロマーリオさんに伝えたら強いなと言われましたが、ただ強がって居るだけで、本当は少なくとも私を守ってくれるで有ろう存在が私に前向きになる力を貰っていることは間違いない。もし、一人だったと思うととても怖い。そう考えれば、私はとてもラッキーだった。でも、彼らは私に酷く優しいけれど、もう、いい加減にディーノさんたちも私にかまっている暇はないだろうし、甘えてばかりで負担を掛けてしまうのも御免被る。頼ってばっかりは居られない。
だから、私はまず手始めに目の前の目標を立てた。その名も、脱、引きこもり!!相変わらずまた私はこの医務室に籠りきり。それを打開すべき最初の問題は言葉の壁だ。まず、このまま外に出たとして、ここはイタリア、いる人は日本語の通じない外人。いい加減外に目を向けなくては、と思うけれどもフィーリングでなんとなーく心と心で会話しましょう的なそんな思い切った性格であるわけでもないので私が取りあえずしなくてはならない事は。


と、いうことで、私はイタリア語の勉強を始めた。
突然の思い付きでも何でもなくって前々から考えていた事だ。勉強道具はアレクさんに頼んだら教科書、辞書を持ってきてくれた。リスニング一番必要だと訴えたら、最初は丁寧に教科書を読んでくれたが小一時間すると面倒くさくなったのか、CDプレイヤーとイヤホンを渡されて後は自分でやって下さいと丸投げされた。別に良いですけれども。まずは基本的な挨拶から、次に文法、単語。単語の発音は基本的にローマ字読みで英語よりはいささか楽だった。性別と言う物が有ってこれが厄介だったが、英語と単語、結構似ていたりするのでさほど一からの丸暗記って訳でもなかった。でも、問題は文法だったようで、過去形が何個も何個もあって覚えきらないしその違いも分からない。
一気に覚えようとしているので頭がこんがらがってくる。全然知らない語学を一からいきなり覚えようとするのは無茶苦茶無謀だ。でもせめて、簡単なやり取りだけでもできる様にならなくては、私はどうにもならない。もし、もしかしての話だけれども、放り出されたとしてそれでも自分一人で生きていけるように頑張らねば。

ディーノさんは全く医務室に訪れなくなった。前は沢山飽きる位に来ていたくせに、今は文字通りさっぱり顔さえ見せない。今や同じ部屋を使っていて空気みたいな存在になりつつあるアレクさんにそれとなく尋ねてみたら、仕事のトラブルで色々と忙しいらしい。それでも、何度か顔は出した筈だ自分は見たと主張していたが私には全く記憶が無い。アレクさんは私何していても殆ど我関せずで自分の仕事とやらをマイペースに片づけている。そんなに会いたいなら伝えますよと言われたが丁重にお断りした。仕事を邪魔するつもりは全くない。



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