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『でぃーのさん
わたし、そとにでてみたいです
おにわにつれっていってもらえませんか』

驚くべきことに、私は外に出ていた。

大扉の外に出て、初めてその屋敷を真正面からみる。やはり大きい、その言葉に尽きる。窓の数から推察するに五階建てのようだ。いや、それ以上かも。
少し肌寒い風がディーノさんと私の間をすり抜けていく。ぎこちない雰囲気が私たちを包んでいた。しかし、それに頓着せずに建物だけに意識を奪われているのは、私自身がそんな風にしている自覚が有ったから。私は消して目を合わせようともせず、喋りかけようとも思わない。ディーノさんは陰険な私の態度に戸惑ってうーとかあーとかいって私に話かけようかどうしようかおろおろしている。大の男が私小娘ごときにうろたえて右往左往する様は、無様で恰好悪く、私にとってははっきり言って煩わしいことこの上ない。

そんなディーノさんを無視して、私は窓でいつも見ていた景色を初めて間近に見ている事に感動を覚えた。正面には花が彩る大きな花壇、家の裏の方には森というのにふさわしく、木々が立ち並んでいて少し薄暗い。庭師でもいるのだろうか庭の手入れは行き届いている。

久しぶりの直に感じる太陽に目を細める。風も風になびく木々の葉の音も気持ちが良い。部屋に籠ってびくびくしていた頃を考えるととてもバカバカしく思える。
簡単な事だった。こんなに簡単な事だったんだ、その気になれば、抜け出すことは何時でも出来た。今は恐怖も不安も感じない。なぜか可笑しい気さえする。何かが吹っ切れて、私は可笑しくなってしまった。
本当に如何でもいい。全てが夢の中の出来事のように感じられて、実感が全然わかない。









私がいつもなら有り得ない我が儘を言うと、ディーノさんは少し面食らった顔をしたが、それを直ぐに繕った。

「あ、ああ、珍しいな、ユイが外に出たいなんて。
いいぜ、連れてってやる。でも、どうしたんだ、いきなり」

『いきなりじゃないですよ
なんかずっとここにいるのは いきぐるしくて』

「そうか?お前、外に出るの嫌だったろ?大丈夫なのか?」

気づいていたのかこの人と私は少し吃驚した。変なところで鋭いのだこの人は、侮ってはいけないと改めて思う。気遣わしげな言葉をかけられても、こんな冷めた目でしかこの人を見れない私は最低な人間だと思う。

でも、私はとても落胆しているんだ、この人に。
この人は私と約束をした、必ず返してくれるって、力強くそう言って私を安心させてくれた。だから、私はずっと待っていたんだ。良かったな安心しろ、そんな言葉をずっと馬鹿みたいに待っていた。
しかし、例えこの人のせいではないにしても、今私は此処に居る。それが真実。あまつさえ、真実を隠し、私を欺き続けた。ずっと分かっていたくせに。必死に待ち続ける私はさぞや面白かった事だろう。
ずっと、優しい人だと思っていたのに。
酷い裏切りだ。この人が憎い、憎たらしい。この人との楽しい時間を思い出す。温かい手、よく笑い、私を明るい気持ちにしてくれた、前向きな気持ちにさせてくれたんだ。ひどい、ひどい、なんで、なんでどうして話してくれなかっんですか………?


『はい、大丈夫ですよ。私は全然大丈夫です。全然気にしてません。このままここに留まっていたら一生この中から出られそうに有りませんからね。
せめて、外の空気くらいは吸いに行かせてくれる自由は私にも有るんでしょう?』

感情にまかせてペンをスケッチブックに叩きつけ、それを眼下に突き付ける。
どうせ、読めやしないのだ。この人は漢字とか、難しい言い回しとかよく分かっていないのだから。
案の定、眉をひそめて並べられた文字と格闘している。
彼の手からそれをひったくって、一枚めくり、だいしょうぶということです、と書いてにこりと笑ってやった。有無を言わさない雰囲気にディーノさんはたじろいだ様子で、ああ、と頷いた。その少し怯んだ彼に更に怒りが刺激されて、ふっと私は鼻を鳴らした。


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